報告書内のリニアック部分の問題点について




○ 問題の根源:本文:
「加速器建設予算に関しては、原研が400MeV リニアックと3GeV シンクロトロンを分担し、KEK が50GeV シンクロトロンを分担することが決まった」

コメント:
原研には、先端加速器を作る技術的蓄積が備わっていなかったにもかかわらず、予算配分を上述の区分にした。それで、恐らく、既存の注文住宅を作るような感覚で仕事を始めたのではなかろうか。これは、それまでの、仕事の内容からして、無理からぬ一面もある。
では何故リニアックについては、ほとんど問題が生じなかったのか。リニアックの場合、予算は原研であるが、設計と製作は先行していたKEKが担当したからである。リニアックの基本部分(空洞、電源等)は、J-PARCスタートをはるかにさかのぼる1998年度に発注されており、J-PARCスタート時点においては、ほぼ出来上っていた。従って、問題は3GeV シンクロトロン以降に集中的に生じたのであろう。



○ 原研のリニアックデザインについて:本文:
「中性子科学研究センター計画は、出力1MW の核破砕中性子源と加速器駆動核変換施設の建設を目的とする計画であった。これは1GeV 級の大強度 子リニアックを主加速器とする計画であった。その加速器は、低エネルギー部が高周波四重極(RFQ)型リニアック及びドリフトチューブ型リニアック(DTL)で、高エネルギー部が超伝導リニアックで構成されるものであった。低エネルギー部はJHF計画のリニアックと同様の構造であったが、原研においてはビーム強度の目標値がJHF より かったので、サイズを大きくする必要から、加速高周波は低い周波数(200MHz)であった。」

コメント:
横収束力を同じに保ち、且つ、ビームボア径を周波数に対して妥当な選択をすれば、大強度ビームに対しては、周波数が高い方が有利であるという事は、少し考えればわかる事で、夫れ故に、現在建設中あるいは最近建設された陽子リニアックの周波数は、第一世代の200MHzよりも高い周波数が選ばれている。引用した本文の内容は、こうした物理を理解しておらず、原研の中性子計画が何故低い周波数選択をしていたのかが、推定される内容である。



○ 事実のわい曲と誤認:本文:
「リニアック製造技術
すでに述べたように、JHF計画の段階でRFQ およびDTL の周波数は324MHz に変更された。変更の主な動機はDTL の集束力を可変にするためということであったが、この変更の結果、リニアックの製造技術に新たな開発課題が生まれた。

ドリフトチューブ 磁石
 DTL のドリフトチューブ内の集束用四極電磁石は電鋳法とワイヤーカッティングという高度な技術を駆使したコンパクトな水冷の電磁石である。これについてはJHF計画の中ですでに開発が進められていたが、これをいかに安価に製造するかが課題であった。実際の建設において量産効果を価格に反映できなかったことが予想以上に製作費が必要となった理由である。

PR 鋳法の空洞への応用
周波数が324MHz になったことによって加速空洞の形状が大きくなり、432MHz の場合に開発してきた無酸素銅の削りだし法は応用できなくなった。空洞の製作法を新たに開発する必要が生まれ、鍛造鉄に高品質の銅をメッキするという、従来から行われている電鋳法を採用した。
ただし、加速空洞の伝導性を良くし、表面を滑らかにすることが、電力の効率化と放電対策のために必要であるとの判断から、従来のメッキ法とは異なり、最近に開発されたPR(Periodic Reverse) 銅電鋳法を採用した。このために空洞製作技術の開発費用が生じ、コスト高の要因となった。」

コメント:
技術的内容はほぼ正しいが、次の三つの点で、引用した本文には問題がある。
  1. 磁石と空洞製作の技術開発は、KEK独自で大強度陽子加速器の開発研究を行っていた時代に完結している。従って、それが、J-PARCの経費に跳ね返る事はない。
  2. 経費が増大したかかどうかは、例えば、それ以前に製造したKEKの200MHz DTL建設経費と較べるのが公正なひとつの判断基準となろう。勝手な目標価格を設定して、それに較べて高いというのは、いかがなものか。 20年前の建設と較べると、今回の経費は60%程度に抑えられているのである。これらは関係者の敬意に値する努力のたまものである。
  3. SDTLを採用するデザインの段階において、電磁石の総数は大幅に減り、空洞製作の簡単化に伴う、コスト削減が同時に行われている。
従って、引用文中の釈明は、根拠がなく、事実誤認を意識的に混在させた結果的判断と云えよう。



○ 何気ない詐欺的な記述:本文:
「平成11年補正予算によってJHF 用リニアックの最上流 (エネルギー20MeV まで)の建設が認められ、開発が進むこととなった。」

コメント:
どこにそんな詐欺的な記述がと思われるかもしれないが、「(エネルギー20MeV まで)」が嘘の部分である。これは、KEKでは20MeVまでの加速管がビームラインに組立られ、20MeVまでのビーム加速しかテスト出来なかったという事実を反映している。しかしながら、当初は50MeVまでの加速が視野に入っていたのである。それを疑問に思う方は、何故昔のKEK陽子リニアック棟の地下トンネルは、あのように長かったのかを思えば良いだろう。50 MeV のリニアックが納まるだけのトンネルが作られ、勿論、50MeVまでの加速管も発注された。
それでは、何故引用文はエネルギーを20MeV と書いたのか。現実には、20から50MeV までの空洞組立費を原研予算でまかなった故に、当初のKEK予算が50 MeV(60 MeV)までとは書けなかったのであろう。当初、50MeV まで建設予定のリニアックが、何故20MeVまでしか出来なかったのか。これは、予想外に経費が膨らんだ為であろうか。KEKに残っていると思われる経費関係の書類を精査すれば、わかるであろう。公式の報告書に事実と異なる事を書いてはいけないと考える。