2006年11月からJ-PARCリニアックのビーム加速テストが始った。振り返ると長い道のりである。今後、リニアックがデザイン通りの性能を達成出来るかどうかを注意深く見守りたいと思っている。というのも、このリニアック全般に対して、ほとんどの基本パラメータと加速管パラメータを決め、初期発注の多くの仕様書を書き、実際の製造方法まで細かに関与した故に、相当の責任があると同時に、結果に興味も覚える。加えて、当初のデザインからのdegradeも色々行われているので、その効果にも興味がある。
J-PARC加速器はいまだに解決すべき様々な問題を抱えている。その中で、リニアックは、とにもかくにも最終エネルギーまでの加速は達成している。それもそう大したトラブルもなく達成した。ここまでの成果は、主として、加速管と高周波源関係者の貢献であろう。モニターとかコントロールの実力が試されるのは、これからである。
それでは、リニアックの主要部分は何の波風もなく順調に開発建設されたのかと云えば、まさにその逆である。
本稿では、陽子リニアックの開発研究について、筆者の研究歴と重ねて、簡単に記述する。その最後に、J-PARCの陽子リニアックデザインが決定され、最初の加速管の入札に至るまでの最後の2年間の記録日誌を掲載する。この時期が一番様々な「事件」が起ったまさに疾風怒濤の時期だからである。加筆していないので、関係する皆様に対する非礼な表現が多々見られるが、日誌という性格に免じて許していただきたい。その一瞬には、激越な感想を抱いたとしても、夫々の方々は、それなりに立派な仕事をされている事は周知である。