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5.4 等分配理論の採用

加速器による粒子加速では、多くの数の粒子が局所的に集まってひとつの塊(バンチ)を作っている事が多い。これは、加速に高周波電場を使う場合には、粒子加速に最適な高周波の位相の範囲に限りがあるので、もともとはべたっと一様な粒子分布だったものの中で、適切な高周波位相に相当する範囲の粒子だけがうまく加速される事に起因する。これをバンチ、あるいは高周波の波の1波長の部分に対応するという意味でマイクロバンチと呼ぶ。
バンチの中に粒子は相当の数がある。例えば、周波数324MHzのリニアックが平均ピーク電流として50mA 加速する場合の1バンチが含む粒子数は$9.6\times10^8$個(約10億個)である。(あまり速くない)バンチの進行方向をz方向(縦方向と呼ぶ)として、進行方向に垂直な二つの方向(横方向と呼ぶ)をxとyとすれば、バンチ内の粒子はx,y,z の直交座標系で表される空間内に分布していると考える事が出来る。座標軸の原点はバンチの重心(平均的な)と一致するように決める。自然界でもっとも対称性が良いのは球であるので、球形のバンチが理想の形と考えられる。そのようなバンチでは、バンチ内の粒子に働くクーロン力の対称性も非常に良い(完全対称である)。
さて、バンチの形はどんな要因によって決まるのであろうか。普通の状態では、ビームが発散しないように外部から与える収束力と粒子間のクーロン力の総体としての空間電荷効果によりバンチの形は決まる。球形の風船を例にして考える。風船を平らな両手で挟んで横方向から押せば、押した横方向に風船はつぶれ、もう一方の横方向と縦方向には伸びるであろう。この場合、横に押せば、縦に形が変わっている。こうした関係が成り立つ時、縦と横のカップリングがあると言う。縦と横のカップリングが完全にゼロの時を考えてみよう。横に風船を押せば、その方向には縮みもう一方の横方向だけに風船は伸びる。縦方向には何の影響も与えないはずである。カップリングという概念は非常に重要であり、ビームの振る舞いを決める重要な因子となる。従って、バンチの振る舞いを調べる場合に、縦と横のカップリングがどれだけあるかは非常に重要な決定要因となる。しかしである。世の中にある簡単なシミュレーションコードの場合には、簡単化の近似過程でこのカップリングに対する考慮をそぎ落としてしまう事がある。例えば、横方向を円盤の多重構造で近似すれば、横方向に関しては空間電荷効果を対称に扱っている事になり、計算する前から直接的には効果が表れない事が判然としている。にもかかわらず、三次元空間電荷の効果を精度良く計算しましたというような論文を平気で書く人がいるので、こちらが吃驚するくらいである。よくよく考えるとビームにとって縦も横もない(但し、相対論的なビーム(普通の電子ビーム)になると、縦方向の圧縮があるので話は違ってくる)。丸い風船がある方向に動いているとしても、スピードが遅い場合には丸い形のままであると考えて良い。それならば、外から加える収束力も3方向が同じような力になるように選べばいいではないかと考えるのは自然の成り行きであろう。これを気体分子運動論のエネルギー分配に習って等分配理論と名付けた。この論は1980年代からJameson博士等が論文に少しずつ書いており、後にReiser 博士が自書の中で詳しく展開した。ちょうど筆者はLINSAC コードで(x,y,z) の3方向の空間電荷力の分布を詳しく調べ始めていた時であり、我が意を得たりの印象を受けて、等分配理論を高エネルギー大強度リニアックに応用したのであった。
言われてみればこんな簡単な事をなぜ第一世代のリニアックの設計者達は考えなかったのかはいくつかの原因がある。

1. 横方向の収束力は外部の四極磁石により与える。これは比較的自由にその強さをコントロール出来る。
2. 縦方向の収束力は加速に使っている高周波電場により行うので、これは設計の時のデザインによりほぼ決まってしまい、自由に動かす事はほとんど不可能である。しかも、一般には電場の値は低い。
3. 縦と横のカップリングはかなり弱くて、ほとんど無視出来ると考えていた。

ところが、実際にリニアックを作って運転をしてみると、縦と横のカップリングが意外と大きく、第一世代のリニアックデザインでは縦方向の収束力の相対的な強さが加速とともに急激に弱まると、縦方向のビームの性質の著しい劣化を招く事がわかった。等分配理論の登場にはこのような背景があったのである。
更に、縦と横のカップリングが大きく、ビームの性質を表すエミッタンス増加が非可逆的な場合には、線型な空間電荷効果の取り扱い範囲では説明が難しいのである。この点については、欧米ではいまだにある大家の妄執に縛られており、今後第二世代のリニアックのビームを詳細に調べる事により、新たに見直しされる事があると予見している。


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