リニアック延長を今始める事は、拙速、且つリスク過大の可能性はないか。最大出力に到達する近道は何か。
以上の議論を踏まえて、結論を述べる。
- J-PARCリニアックは二段階方式で建設する案を採用した。
- リニアックエネルギー増強は、RCSのビームリミットが、入射後の空間電荷効果によって決まる事を前提としている。しかしながら、これは単なる一つの理論であり、現実の加速器のビームリミットは他の要因で規定される事がありうる。それを確かめるには、RCSの質の高い運転状態でのビームスタディが必要である。
- リニアック二段階建設案の採用により、より易しい条件のもとで、RCS入射を含めて、ビーム強度の最適化と最大化が可能となった。これは、二段階方式の初段用の建設費用を有効に活かす道でもある。
- リニアックエネルギー増強を成功させる為に、リニアックでも次の三つの条件が満たされなければならない。
- イオン源から55mA程度のビームが安定に供給される事
- RFQ加速が定格通り、安定に行われる事
- リニアックのビームリミットがビームロスによる放射化でない事
始めの二項の実現は、現状をみる限り厳しいものがあり、第三項は、今後の課題として手付かずである。
- リニアックの最大ビーム加速条件・最適ビーム加速条件・ビーム損失最小化条件を求めて、スタディ方針が立案されているかといえば、そうした事は、全く視野に入っていないようだ。
- 以上述べた基盤技術が確立していない状況で、単にRCS入射エネルギーを2倍にすれば、エネルギーを高めた事による難しさの増大だけが浮き彫りになる可能性が高い。低いエネルギーのままで、基盤技術の向上をはかり、空間電荷問題の解決が必要であると実績に基づいて判断した時に、リニアックエネルギーを2倍する方策が、近道なのではないか。その場合には、時間の必要な技術問題の解決とも整合して、延長に伴うリスクも少ない。
結論
2007年現在のリニアックエネルギー増強計画は、これまで述べたように、解決には相応の知恵と努力が必要な複数の仮定の上に、成立している。それらの仮定の中の一つが実現しない場合には、単にリニアック出力エネルギーを高めて、後続の加速過程を一層難しくする結果を生む可能性さえ否定出来ない。現存する世界の同様な加速器では、入射しやすさを考えて、リング入射エネルギーを低く設定している。それに反して、入射エネルギーを高くするからには、それなりの基盤技術が確立されていなければならないが、現状では明るい見通しはない。従って、2007年現在においては、必要となる加速器技術の観点からみて、リニアックエネルギー増強計画の概算要求は時期尚早であり、延期が至当である。内に力を蓄える方策を、優先すべきである。