リング関連部門の技術不足と不良品問題
(本稿は著者の推理をまじえて書いております事を、予め御了承願います)
加速器建設に開発要素がある事を述べた。これは、世界に伍する加速器を与えられた予算内で作ろうとすれば、当然の課題と必要な努力である。しかしながら、いくつかの原因が重なって、開発が不成功に終る事もある。J-PARCのリング関係では、大きな問題が生じている。
その詳細は J - PARC 加速器問題検討会の答申骨子(2006年) を参照していただきたい。知恵のある方々が集まって、現状をどのように打開すれば良いかを検討し、KEK所長に答申するという事である。以下にその内容をまとめる。
J - PARC 加速器問題検討会の答申骨子
[答申骨子]
・リングR F 空洞については、現行の開発・試験を遂行するばかりでなく、長期的視野にたって、コア損傷の原因究明、コアの製造方法等の見直し、コア電場の軽減、冷却方法の再検討などを基本設計から考え直す体制を構築すべきである。
ーーー以下略ーーー
さて、答申の内容であるが、分かりやすく言えば次のような事だ。
1.リングの高周波空洞は壊れやすくてまともには使えない。基本設計から考え直す体制を作れ。
2.リングの入出射システムには設計と仕様に十分余裕を持たせる事を基本方針とし、担当者に周知せよ。
3.パルスシステム製作にあたり「壊れるものである」という認識が必要であり、容易に交換できる工夫をせよ。
4.新案によりMR入射ラインを造りなおせ。
5.セプタム電磁石は作り直せ。
6.MRの速い取り出しの信頼性に不安があるので、機器を取り換えては実現可能な解にするなどの検討をせよ。
ある程度の加速器知識があれば、これらの指摘の由々しき事は一目でわかる。学生実験の注意のような内容まである。答申とは反対の状態が、その時点での現状であると考えて読み直せば、わかりやすいだろう。由々しきなんてもんじゃない。ほとんど驚天動地といっても良い内容なのである。何故か理由を述べよう。
大強度高エネルギーシンクロトロンリングの難しい所は、ビームの入射と出射である事は常識である。この部分はビームを素早くコントロールしなければいけないので、制御用のハードウェアの負担が大きく、どんなに頑張ってもビームはわずかにはこぼれてしまう。そうすると高エネルギーの陽子によって、その周辺の機器はとてつもなく放射化してしまうのである。例えば、人がそこに近寄って作業しようして、法律上許可される時間は10秒なんて事になる。念の為、この単位の秒は間違いではない。
もう一つ難しいのは、高周波加速空洞部分である。ここも大きな加速用のエネルギーを素早く制御しなければならないので、今までの経験ではとかく故障しやすい。
従って、シンクロトロンを建設するときに最も注意が必要なのは、入出射部と高周波加速部なのである。勿論各種磁石とかモニターとかコントロールとか、最終的な性能を決める重要な部分は一杯あるが、基本的ハードの観点からの話を今はしている。その二つの最も慎重に知恵を出して建設すべきところが、建設が完成しようというこの時期になって全くダメであると認定されたのだから、これは驚天動地である。2006年という年は、本来ならばユーザー側にビームがわたされる段階である。改めて、建設工程表を眺めてみよう。加速器問題検討会の答申は、当初計画では、ほとんど建設が終っている段階において、出されているのである。この事実は、何を物語るのか。
こうした問題が出現した時には、理解を深める為の定石みたいなものがあるから、それに則って考えてみよう。
1)問題の大きさの確認:
まずは、これらがどの程度の規模の問題であるかについて、誰でも理解出来るように、上に挙げた部分の夫々の機器に対してどれだけの予算が割当られているのかを公表する事が、第一に重要である。それがなければ、この問題の深刻さと重要さは一般的には認識されないであろう。一般的に言えば、重要な難しい所は、予算が大きい。
結果として、J - PARC 加速器問題検討会が答申した内容に該当する機器のこれまでの製造費があまり馬鹿にならない場合は、慎重に検討しなければならない。既に、当初の建設日程のほとんどは過ぎているのである。こうした検討会を作って所長に答申とやらを出すのだから、並大抵の問題ではないと予想は出来る。これまでの結果に責任有る方々は首を洗って謹慎蟄居すべき事態かもしれない。既に建設の最終段階に有ることを思えば、費やした経費を勉強費用とみなす事も難しかろう。
2)問題の原因の検討:
最初に述べたように指摘されている問題点は、基本的である。設計と製作にあたり、第一にしかも常に念頭においておくべき問題と考えられる。こうした事を指針にしないで、何を指針に設計を行うのか。従って、まずは担当グループの問題がある。しかも、これまでにも、加速器のデザインと製作に関しては、何重にも○○委員会、△△国際審査等が嫌になる程の回数行われて来た。にもかかわらず、こうした基本的な性能にかかわる問題が建設の最終段階に起こったとすれば、それは組織全体の構造的な欠陥故としか思われない。どこにもチェック機能が働かなかった結果がこうした事態を招いていると考えねばならない。要するに、本来機能すべきチェック機能が、単なる祭りか行事として行われてきたという事の証明になっていると考えねばならない。
3)世界の加速器との比較
こうした規模のリングは世界で初めてではない。既に大きなリングは複数存在する。そうした経験を活かさずに、答申に見られるような機器を作っているのであれば、それは、怠慢の故の失敗とみなすより他はない。新しい技術であって、出来る限りの科学的検討を経て、考えられる限りの実験室規模でのテストは行い、それにもかかわらず、量産過程に起因する事故のようなものであれば、言い訳を聞く事も出来る。今回の答申を読む限りは、そのような次元の高い問題ではないようだ。
さて、これらの答申内容を微細に検討する前に、一つ取り上げなければならない問題がある。どのように答申を実現するかという観点からも重要な問題だ。
J - PARC 加速器問題検討会委員には外部委員もおられ、それぞれの見識を持つ方々である事は衆知である。あえて問題を指摘すれば、これだけの大きな問題を、本来ならば完工が迫る建設のこの時期に指摘しているにもかかわらず、こうした結果を招いた事への責任追及の文言が答申の骨子の中にはひとつもない。それは何か可笑しいのではないか。単に、小手先の技術的な問題と捕えている事の反映ではないか。しかも、これまで加速器建設の責任者であり、且つ、自在に権限を振るって来た方が委員に名を連ねている。計画のスタート以来、実質的名目的に加速器建設リーダーであった方が、こうした委員会の委員となって、これまでのリングの主要部分の設計と製作がまったくダメであったという答申を出す。奇妙とはこのような事をいう。被告と検事とがグルになって裁判をしているようなものだ。こうした答申に名を連ねる加速器建設リーダーがその当時に見識を充分発揮されていれば、このような事態には到らなかったのではないか。それがリーダーとしての責任者に求められる学術的な見識の使い方である。そうした見識をもとに、その折々に適確な指導をする事こそが、リーダーの責任だったのではないか。今、わかる事が、設計段階及び製作途上の数々の検討会を通じてはわからなかったというのであれば、それは見識が無かった故か、あるいは見識を発揮しなかったという意味の怠慢あるいは職務放棄と呼ぶのではないか。
従って、第一に必要な事は、こうした事を招いた責任について説明し、まず責任者が責任をとる事だ。寡聞にして、そのような会が既に開かれたとは聞かない。逆に、各種会議では、一層声を大きくして叱咤していると聞いている。こうした事態を招いた時に、誰がどのように責任をとるのかは、社会通念としては自明な事ではないか。
(2007年1月)