この領域の研究者ならば、これは誰でも一度は考えそうな問題である。私はそれを具体的に計算して、長所と短所を挙げて論文の形にまとめたというだけの事だ。もともとドリフトチューブリニアック(DTL)は、優れた先人(Alvarez)が考案した相当にトリッキーなタイプの加速空洞である。
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ドリフトチューブリニアック(DTL)の断面図を図5.11に示した。ドリフトチューブの中に四極磁石を仕込むという事は、実際に作る時には様々な難しい問題を生じ、コストもかさむ。そこで収束用の磁石をドリフトチューブから取り出して、タンクとタンクの間に置いてしまえば良いという提案である(図5.12)。これは別に新しい考え方ではなくて、陽子リニアックの場合でも、ビームのエネルギーが高い領域で長年にわたって使用されているカップルドキャビティリニアックという構造の場合には、収束磁石をタンクとタンクの間に置く方式が採用されている。ただ、ドリフトチューブリニアックの場合には、せっかく苦労して中へ組み込んだ収束用磁石を、外へ取り出すというような提案は誰も真面目にはしなかったという事である。DTL のドリフトチューブはビームをうまく加速する働きに加えて、ビームの収束作用という機能を兼ねていたが、分離型ドリフトチューブは、収束機能をドリフトチューブから分離した(separate)という意味である。この方式を考えた時に、名前をどう付けようかという事には、結構神経を使った。というのは、ネーミング次第で、その後の使用頻度が決まるという事も多いからだ。そこで語呂が良く、言いやすく、何か良い物を意味しているような言葉で、もとのDTLも連想させる名前を捜したのである。その中からSDTL が残った。S は流通する商品の場合にもよく使われる ( superior, specialなど)。更に、セパレートタイプといのは、円形加速器では有名な発明であり(日本の研究者(北垣先生)による)、名前の受けも良い。
SDTLは良い所もあれば悪い所もある。一般的に言って欠点と思われる所は、部品点数が多くなり、費用がかさむ点であろう。これに対して、私は次のように考えている。
9 MWの電源1台と3MW電源3台とでは、どちらが良いか。部品が少ないのは大出力の電源1台であろう。長期間の安定性はどうか。一般的には低出力器に軍配があがる。しかし1台の故障確率を3倍しなければならない。更に重要な観点があると考える。ハンドリング出来るパワーにはある限界があり、その限界に近づくに従って、故障率は相当に高くなる印象を私は持っている。この件に関しては手元に統計的な資料はないが、これは経験上の知恵ともいうべきものであろうか。それで、設定する電場強度等にしても、出来る限り低い値を設定する。一時期、無闇に高い電場を設定して、加速器のコンパクト競争みたいな時代があったが、参照する電場許容限界は、きれいな実験室環境での純な材料に関する結果であろう。従って、陽子加速器において使う場合には、相当に割り引いて使わなければ持たないと私は考えている。S-DTLを採用した陰には、いつも反対の多い穴見氏が、高周波電源であるクライストロン出力は最大2.5 MW と断言されていた事もある。世界ではもっと大出力のクライストロンが開発されて動いている。しかし、穴見氏は今回の仕様の厳しさを考えて控えめな設定を断固守られた。これはマシンの安定な運転の為に重要な視点である。
1992年にSDTLの論文を発表した。これはKEKレポートの形でまずは公表という狙いであった。
Takao Kato, "Proposal of a Separated-Type Proton Drift Tube Linac for a Medium-Energy Structure," KEK Report 92-10 (1992).
SDTL ではタンクの製作が非常に簡単になった。機械加工工程が簡単になり、要求工作精度も低くなった。あるエネルギーまでの加速途上に必要な収束磁石の数も、大幅に減少(40パーセント以下)した。従って、製作コストも激減した。タンクの高周波チューニングも楽になった。しかし、空洞につきものの部品点数は増加した。高周波電源の台数も増加した。従って、コントロールシステムの数も増加した。これまでの所、長短色々あるが、最終的には、どんなビームが得られて、数年のビーム加速後にどんな運転状態に到達するかにより、SDTLの評価が決まるものと思われる。