「そんなイオン源が出来るのか。ピーク電流の増加は高周波電源の仕様を決めるので、そんなに簡単な問題ではない。可変の収束系でないと無理だ」。
彼はそんな事は先刻承知の上である。
この時期、高エネルギー大強度陽子加速器の基本コンセプトは二つに分かれていた。
第一は、リニアックエネルギーを出来るだけ高くして、加速をしないストーレッジリングへ入射させる方式。
第二は、リニアックエネルギーを低く抑えて、加速できるシンクロトロンへ入射させて、二段のシンクロトロン加速を行わせる方式。
私は専門がリニアックだから高エネルギーリニアックの方式はやりがいがある。更に、この方式では難しい所はリニアックに押し付けているので、リングのデザインや運転がシンクロトロン方式に比べて容易になる。ただし、原則として加速はしないので、出力エネルギーを大きく変化させる事は難しい。従って、将来に野心を持つ人々で、取敢ずは資金の制約から我慢して、作るだけ作れば良いと考えているむきは、どうしても出力エネルギーの増大の可能性が高いシンクロトロン方式を選ぶ傾向がある。シンクロトロン方式の場合にはリニアックのエネルギーは相当低い所に抑える事ができる。ちなみに、その時点(20世紀末)での世界最強のイギリスのマシンのリニアックエネルギーは70MeV に過ぎない。
山崎氏の考え方は次第にシンクロトロン方式に傾いていた。ところが、同じシンクロトロン方式でもそのリニアックエネルギーはかなり高めの設定を考えていた。これは、後続のブースターシンクロトロンのビーム強度を強くしようと考えれば、必然的な結果でもある。その為に、リニアックエネルギーはそこそこ高いシンクロトン方式の加速器をデザインする事になる。
リニアックは直線の加速器である。全て同じタイプの加速管を使う事が出来れば面倒なデザインにはならないが、エネルギーが高くなるに従って、加速効率が優れている加速管のタイプは、まったく変わってくるという問題がある。例えば、出力エネルギーが200MeVとしよう。この場合、加速効率から考えれば、100〜150MeV 程度の間で、加速管のタイプを変更し、更に空洞周波数も3倍ないしは5倍程度まで高める方式が望ましい。ところが、建設あるいは運転という立場で考えると、たかだか50MeV程度であれば、多少の加速効率は犠牲にしても、同一の加速管で同一の周波数で運転する方が望ましいのではないかという考え方にも一理ある。出力エネルギーが600 MeV程度になれば、加速管のタイプを変更するという方式には、何の抵抗もない。図に加速効率を示すグラフを示した。
ある程度情勢が煮詰まって来た段階で大問題に遭遇した。建設予算の制約により、当初建設分ではリニアックエネルギーを半分以下に下げるというのである。それでは150MeV が良いのではないかと提案すると、見栄えと聞き栄えの点からどうしても200 MeV リニアックにしたいという。エネルギーが高い方が後続のブースターの受容可能ビーム強度は増えるが、建設途上という事もあり、それに当初から加速器の最高性能が発揮出来るなどとは誰も考えていないので、その点は重視されていなかったと言って良いだろう。
作る側としては150より200MeV の方がやりがいはあるし、面白い。しかし、その場合に、加速管のタイプは変えるべきであろうか。周波数も3倍にすべきであろうか。たかだか150から200の50MeVの為に大電力高周波源、コントロールなどすべてが変更になるのである。それに、追加予算の確実性などどこにも保証はないのである。加速管の変更を嫌うのは、もうひとつ大きな理由がある。リニアックビームが劣化する原因はある程度わかっていて、その中でも重要な因子は、加速管の変更に伴って生じる各種の不連続なのである。この考えに立てば、たかだか200MeV のエネルギーと決まっていれば、その最後の部分で加速管の構造を変えるなど愚かな事になってしまう。それで、リニアックとして見れば、多少の無理筋は承知の上で第一期建設分のリニアックの加速管と周波数は変化させないという事になった。こうした背景を知らないと、何故リニアックの周波数変更の境界が200MeVなのだろうという疑問をもつ方が必ずいるだろうと思い、ここに記した。当初から400あるいは600MeVのリニアックを作るという事であれば、変更エネルギーは150MeVとなっていたはずである。なお、私は将来の全体像を優先して第一期建設として150MeVまで作る事を提案したが、それは政治的理由により採用されなかった。私としては、自分で提案したSDTLの働き分が増えるわけであり、計算結果にも特別の問題はないので、同意した次第である。