J-PARCリニアック:ビーム加速によって判明した問題点の評価
○ 2008年2月末に行われたATAC-8において、J-PARC陽子リニアックの加速ビームの性質が報告されている。コミッショニング開始以来1年半近くなり、下流に控えるリング加速器へのビーム入射テストが行われ、リニアックビームの多くの性質が明らかになった。
そこで、筆者が私的に問題点と認識していたJ-PARCリニアック加速の諸問題について、この時点での評価をしたい。この中のいくつかは、J-PARC加速器全体の性能にも直接つながる重要な問題と考える。
それらを列挙すれば、次の通り。
- 初期デザインに比べて、DTL横収束を弱めた結果、リニアック中でのエミッタンス増加はどうなったか。
- RFチョッパーは目的とする性能を達成したか。
- L3BTではエミッタンス増加は起きるか。
- エネルギー幅のコリメーションシステムを排除したL3BTを通過したビームのエネルギー幅は仕様を満足しているか。
- リニアックのどの部分がデザイン性能を達成しているのか。あるいは、達成していないのか。
1. 初期デザインに比べて、DTL横収束を弱めた結果、リニアック中でのエミッタンス増加はどうなったか
J-PARCリニアックのMEBT1以後の加速過程で生じた横エミッタンス増加率(推定値)は次のような大きな値である。
J-PARCリニアックのRMSエミッタンス増加率(推定)
| 5 mA | 25 mA |
水平方向 | +56% | +102% |
垂直方向 | +70% | +111% |
エミッタンス増加の詳細はJ-PARCリニアックのエミッタンス増加測定についてを参照のこと。
このように、大きなエミッタンス増加が加速過程で生じるという事は、収束力を弱めて運転するという方針が完全に破綻している事を示している。まだ時間は充分あるのだから、収束力を強める事によって、最適な動作点を探したらどうか。そうすれば、DTQが電磁石励磁方式でありながら、横チューンサーベイを実行しないという、天下の奇観と汚名を返上できるだろう。この件に重大な責任があるのは、山崎、上野、池上、長谷川の諸氏であろう。これらの方々が反省して、現状のビーム損失を少なくする為に、新たな方策のもとにスタディすることが必要な近道であろう。
2. RFチョッパーは目的とする性能を達成したか
RFチョッパーの動作は次のように公表されている。
チョッパー空洞自体のチューニングは100%まで完全とは云えないが、蹴り残しが << 1E-3であるという事は、測定量として測定限界に迫っているのであろう。
RFチョッパーの特筆すべき長所は、
- 運転モードの柔軟性(低電力スィッチング素子で入力波形を作ればいいので、簡単にどのような形のパルス列構造でも作れる事)、
- 空洞放電が少なく、半導体の低圧電源である故に電源の故障が少なく、システムとして安定な運転が期待できる事、
- これからでも、励振電力を大きくすれば、いくらでもたち上がり速度が増やせること(各部位の電圧に余裕があり、最終高周波電力をパッシブな合成器で作るので高圧に対して余裕がある)、
と考えている。これらの期待される特性は実現されていると思われる。
RFチョッパーが実現できたのは、確かな理由もなく強硬に反対する頑迷固陋な教授連や、全てを外国頼みする輩を押さえて、「発案者が自分でやってはどうか」と会議で提案されたKEKの当時の木原施設長の英断のお蔭である。
大分昔の事だが、チョッパーのビーム試験を初めてKEKで行った時に、「あんなものはうまくいくはずがないので、ビームテストには協力できないし、ビームは出さない」と散々凄んだ猛者がいたように記憶している。
3. L3BTではエミッタンス増加は起きるか
報告されているデータは次の通り。
この結果によれば、25mA加速時にはエミッタンス増加はL3BTでは生じていないようである。当初の弱い収束力と縦コリメーションシステムを含むL3BT案からの根本的な切り替え案に賛成して下さった皆様のご期待には答えられたかもしれません。この点に関しては安堵しています。
既に図面上で決まっていたトンネル形を変える事までして新しいL3BTが実現したのは、縦のエネルギーコリメータにこだわっていたリング関係者から最終的に賛意をいただけた事、当時の加速器建設責任者が、当初案の代わりをなんとかせよと熱心だった事、若手研究員が「既存の空間電荷効果を含むソフトがないのでそんな事は出来ません」と即座にデザイン作業依頼を断ったお蔭である。
4. エネルギー幅のコリメーションシステムを排除したL3BTを通過したビームのエネルギー幅は仕様を満足しているか。
報告されているデータは次の通り。
- 報告されているデータだけでは、リニアック加速直後のエネルギー幅がどうなのかはよくわかりません。
- リング入射後の測定では、運動量のやや大きな広がりが観測されています。正しいとすれば、デバンチャーの設定が適切の場合、第2デバンチャーから入射点までの距離が長過ぎるので、位相回転と空間電荷効果によりエネルギー幅が増大したのでしょう。その場合には、第2デバンチャーの設置位置を元へ戻せば、改善されるでしょう。電場のノンリニア効果などというのは、この場合には、小さなお話に過ぎません。
- ここで注意しておく点は、バンチ長をある程度(相対的でも)測定しなくては、リニアックの縦の最適動作点が適正に設定されているかどうかは、はっきりとはしないという事です。バンチ長の簡単な測定法は以前に提案しています。
- J-PRACリニアックでは、RFQの悪いデザインと製作結果が縦エミッタンスを悪くしています。
- 第一に、RFQ出力ビームの縦エミッタンス(特にビームの裾の広がり部分)が大きいデザインがされています。
- 製作過程での誤りのために、RFQ出力エネルギーがデザインより低くなりましたが、それを、MEBT1のバンチャーで補正しています。この場合の加速電場のノンリニア効果は縦エミッタンスの増加を起こします。
ビーム加速によって判明したこのような悪い影響はありますが、それを考慮しても、DTLとSDTLである程度の適切な加速電場の設定がなされ、その後のデバンチャーが適正に運転されれば、運動量幅への要求仕様を満たす事は、難事ではないと思います。
- 縦と横のエミッタンスは、皆様の想像以上に関連があります。よく使われているシミュレーションコードでは、そうしたダイナミックスをきちんと取り込むように書かれていないだけの話です。従って、横エミッタンスが悪いと、縦にも影響する可能性があります。この問題には少し紛らわしい側面もありますので、ビームスタディが、確実な解決法となるでしょう。
5. リニアックのどの部分が所用性能を達成しているのか。あるいはいないのか。
私が担当した部分で致命的な点はないようです。
- DTL、SDTL は加速しています。加速エネルギーもまあまあでしょう。エネルギー絶対精度は、エネルギー測定システムがどの程度改善されているのかという事に依存するでしょう。
- 横収束力の設定に関しては、現在のコミッショニングチームの選択は、エミッタンス増加の観点からみて誤りである事がはっきりしました。
- 200 MeVまで周波数transitionをさせないという基本方針は、測定されているビーム損失とエミッタンス増加の分布からみて、当初の目的通りに機能しているように思われます。
- RFチョッパーは、KEKで達成した性能に大分近づいたように思われるが、詳細なデータが手元にないので判断しかねます。それでも、以前の状態から大分改善され、ある程度の立ち上がり速度を達成出来たのはRFグループの尽力でしょう。蹴り残しが測定限界以下と出来たのは、きちんと動作設定がなされているからと思います。
- L3BTは目指した性能に近づいているのでしょうが、まだフル運転ではないのでよくはわかりません。但し、エミッタンス増加を押さえる事とエネルギーコリメーションシステムは不必要という二つの基本のコンセプトはうまく機能しているように思われます。デバンチャー動作は、スタディを重ねた上で、最後のビームラインにおける位相回転が大き過ぎると判明すれば、位置を元へ戻す事で、対処できるでしょう。
- MEBT1は、動作点を移した事により、全体としての性能が落ちたようです。とにかく、大きなエミッタンス増加を生み出す弱い収束系にして運転されていますので。
- DTLの四極電磁石は初期の重大故障もなく、稼働しているようです。普通は、いくつかの初期不良があり得るものです。これは基本的には消耗品であり、いずれ故障が生じるはずです。その為の保用品が作りやすいように、DT形状を統一していますが、単品を作るという意味ではコストがかさむでしょう。企業も詰まる所、相手は人ですから、「約束は破るためにするものだ」というような傲慢な姿勢を前面に出しては、次第に相手にされなくなると懸念します。
- RF源に対しては運転のキーポイントと認識していましたので、その精度に関して常々厳しい仕様を要求してまいりました。報告されている最近のデータでは、そう簡単には達成できないと思われる良い結果が見られますので、皆様の努力が想像されます。
ところで、見回した所でいまだに基本的な問題を抱えている部門は次の通り。
- イオン源:まだデザイン電流が達成されていません。自分でかってにデザイン値を下げておいて、第一ステージの目標を達成したとは面白い言い草です。
- イオン源の電極は外から借りているようです。基本の部品を借り物で済ますというのは、コラボレーションなのでしょうが、それで今後の開発に期待できるのでしょうか。
- RFQ:電極の補正加工量を間違えた事により、出力エネルギーが、デザインとかけ離れてしまい、多大の迷惑をバンチャーの動作に押し付け、その後のビームの縦方向の振る舞い(エネルギー幅)に悪い影響を与えています。可変の周波数チューナーは沢山ついていますが、何故かそれを動かしてはいけないというお達しが出て、運転に余計な負担をかけているようです。
- 作る必要がない50 mA RFQと呼ぶ新しいRFQも、同じ間違ったデザインを基礎にしてスタートしてしまったという問題が推定されています。
- プリチョッパー:何億円も散財した後で、技術的問題が克服できずにあきらめたと聞いています。これだけの散財に対して、何もないとは、不思議な関係です。どこかの保険庁と同じで、誰にも責任がないようなふりをしています。
リニアックに対する要求仕様とデザイン・建設方針について
RFチョッパーの仕様の件といい、その他の縦と横のビームエミッタンスに対する要求といい、かつてのリングデザイナーは、相当にきつめの仕様値をリニアックに対して要求したのではないかと推測しています。
これは、反面、リニアック側としては良い性能のものを作らざるを得ない原動力になったわけですから、励みにもなりました。
それは、西川・田中先生がかつて示されたあらゆる意味で安定な優れた性能のリニアックを作るという方針とも合致したのです。
そんなわけで、現在のワンショット運転のまばらな運転においてさえも、リニアックの安定性が示されていると思っています。
これはイオン源、RF源、空洞、モニター、コントロール、コミッショニング、その他のインフラ部門など、全てのグループが、基本的な方針を理解して努力した結果が総合されて達成されていると思います。今後のメンテナンスと改良を通じて、こうしたレベルを保持し続け、更に発展させる事を期待します。
2003年のTDR(Technical Design Report) には次のように書かれています。
Design criteria
1. Stable operation with minimum beam losses
The linac should be designed and constructed with appropriate margins for beam
losses in order to achieve a stable and reliable operation of the total system.----
2. Variable tuning for varied peak currents
One of the important problems in a high-intensity proton linac is to establish an effective tuning method for various peak beam currents, since the beam-loss problem often becomes serious when the peak current increases. In addition, although within the framework of the beam parameters and the assumed combined transverse and longitudinal focusing scheme, no serious beam instability is expected in the design, it is more reasonable to have a tuning knob during operation.
以下は付録の漫談です。暇で興味を覚える方はどうぞ。品格が落ちるのは漫談ですからご容赦下さい。
現状をきちんと説明すれば、上に述べた感じですが、驚いた事に、当初性能が実現できていない唯一の部門の担当者は、何ら反省することなく、今でも似たような発言を繰り返していると聞きます。ホラでも10回云えばまことに聞こえるといいますから注意が必要でしょう。
「50 mAビームを加速するには、新しいイオン源、新しいRFQ、そして新しいMEBT1が必要である。RFチョッパー用の熱負荷対策の候補として324/2の 162 MHz RFチョッパーを考えている。全部で10億はかかります」
これに対して、次のような巷の声があると聞いています。こちらの声が真実に近いと思っています。
「仮に、イオン源から60mAのビームが今出てくれば、現在稼働中のRFQの75~80%の透過率を想定して、その後は何の問題もありません。イオン源グループが予算額に見合った成果をこれまでにきちんとあげていれば、additional cost = 0 yenで50 mA加速は可能だというのです」
費用対効果という考え方をもっと導入すべきでしょう。出来物ではなくて、書き物で評価すると、「第一ステージの目標は達成できた」などという表現に簡単にだまされてしまいます。
チョッパーについては、次のような話を聞いています。
SNSでは、静電型チョッパーの当初設計長さ50cmが長過ぎるというので、35cmに変更しました。その結果、当然ながら必要デザイン電圧が高くなり、放電のためにまともには使えないという初期状態となりました。これは静電型に特有の問題であり、RFチョッパーではそんな事はありません。
162MHzチョッパーとは面白い発想です。現在のJ-PARCチョッパーは324MHzで、長さは空洞2台分で46cmです。周波数を半分にすれば、基本的には長さは倍の92cm程度になります。怖い長さです。SNSのデザイナーはなんとコメントするでしょうか。おそらく、その勇気をほめるでしょう。長さが長過ぎるというので、これを1台の46cmにすれば、必要電圧は2倍となりますから、電力で4倍です。今の励振電力は36kWですから、(他の効果を考慮して)3倍として100kWクラスの半導体増幅器が必要です。どこかに作ってくれる会社があるのでしょうか。たち上がりが10 nsecですよ。どこかに引き受けてくれる会社はあるでしょうが、多くの会社の技術力ではせいぜい~100nsecですから、第二のプリチョッパーもどきの泥沼状態は確実でしょう。どちらにしても、蛮勇のある方はうらやましい。324MHzチョッパーに対して、「うまくいくはずがないのでビームテストに協力できないし、ビームは出さない」と凄んだ方だからこそ、このような事も云えるのでしょう。
それとも、リンググループからの要求仕様を下げさせれば簡単だなんて考えているのでしょうか。これはイオン源目標電流値の下げと同じ手法ですね。
50nsecのプリチョッパーを真面目にやらないで、10nsecのチョッパーは真面目に取り組む? 周波数を下げて? 敢えて、難しい道を選択してですか? それとも、こんな事は考えずに、ビームを両サイドへ振ればスクレーパの熱問題は万事解決。立ち上がりが遅くなろうが、unstable バンチの量が増えようが構わない? 振ったビームがどこに当たっているのか、真面目に見ましたか?
高速の半導体増幅器ですから、少しの振幅変調なら考える余地はありそうです(RFグループの方へ)。
こうしたホラを真面目に有り難く拝聴し、先の正しい見通しが得られると思い込んでいる責任ある方々はいませんか。