J-PARCリニアックのエミッタンス増加測定結果について
○ 2008年2月末に行われたATAC-8において、J-PARC陽子リニアックのエミッタンス増加測定結果が報告されているので、とりあげる。
報告されている出力ビームのエミッタンス測定値を示す。
上の表の中で着目する結果は以下の値。
規格化横RMSエミッタンス(H/V) 0.27/0.33 : pi-mm.mrad 5 mA ビーム
規格化横RMSエミッタンス(H/V) 0.35/0.41 : pi-mm.mrad 25 mA ビーム
99.5%規格化横RMSエミッタンス(H/V) 7/10 : pi-mm.mrad 5mA と25mA ビーム
RFQ出力横RMSエミッタンスは 0.2 以下と推定される。
- イオン源のエミッタンスが同時に記載されていないのは、エミッタンス増加率に換算すると、大きな数字はあまりに衝撃が大きすぎるので、そんな状況を避けたいという気持ちであろうか。エミッタンス値そのものだけを報告すれば、殆どの方には、その数字自体が良い値なのか悪い値なのかは、普通は評価しにくいと思われますので、ああそうかで、話が通ってしまうでしょう。そんな考え方とすれば、情けない話ですね。
イオン源ビーム電流が大幅に増えているわけではないので、昔報告されたRFQ出力エミッタンス測定結果と比べて、MEBT1以後の加速過程で生じた横エミッタンス増加率を推定してみよう。そうすれば、加速過程の質が判断しやすくなります。
J-PARCリニアックの横RMSエミッタンス増加率(推定)
| 5 mA | 25 mA |
水平方向 | +56% | +102% |
垂直方向 | +70% | +111% |
測定されたエミッタンス増加率がこの大きさとすれば、J-PARCリニアックにはチューニングの余地が相当ある事を示しています。
- 5mAの時のエミッタンス増加率が既に相当に大きいので、これはどこかのマッチングが悪いか、あるいは、この程度の電流でも横収束力の不足が露呈しているのではないか。
- 25mA に電流が増加すると、100%程度の大きな横RMSエミッタンス増加が観測されている。これは、それぞれの電流値の加速チューニングでマッチング操作を適正に行っているとすれば、空間電荷効果によるエミッタンス増加が起こっていると考えられる。その第一の原因は、横方向の収束力設定値が弱過ぎるためでしょう。
- J-PARCリニアックでは、イオン源からデザイン通りのビームが供給される場合には、ビームリミットは加速途中、あるいはリング入射直後のビーム損失により決まると考えられている。その場合、重要になるビームの質を表す指標は、RMS的な値ではなくて、ビーム全体の広がりを表す指標である。そうした意味では、横99.5%エミッタンスが大幅に増加していることは、現在のチューニングが不充分である事を反映しており、このままでは深刻な事態となる可能性がある。
- RMSエミッタンスに大きな増加がみられ、同時に、99.5%エミッタンスに一層大きな増加が生じる事は、(望ましくないが)これ自体は整合がとれている現象である。
- 空間電荷効果が惹起するさまざまなレゾナンス的な現象については、そうした事を専門にしてきた方が検討しているはずなので、間違っても不適切な動作点を選ぶことはないと考えられ、エミッタンス増加の原因ではないと推定するが、問題点をぼかすようなすり替えた議論が横行するという意味では、そのようなすり替えられた検討の背後に潜む危険が顕在化したということであろう。
- ある測定ではDTL加速後に0.26 pi-mm.mrad(25mA)が測定されている(下表参照)。その他の値が大きいので、小さいように感じるが、これでもエミッタンス増加率30% を超えているのではないか。この値が信頼できるとすれば、仔細な検討によって、その他の測定に見られる更に大きなエミッタンス増加の原因が推定されていそうなものであるが、別のコメントに、どこの部分に対してかはよくわからない形で、「収束力の増加もオプションの一つ」と記載されているので、まだ渾沌状態と推定される。
次の表は、リニアックの各エネルギーステージにおける横エミッタンス測定値である。
これを、それぞれの加速段階において観測されたエミッタンス増加率になおしたものが、下図である。
上図で、「R13H」は 「RUN13のHorizontal(水平方向)」を意味します。RFQの出口のエミッタンス(過去データ)を基準としています。
報告された測定結果より、
- まずDTL加速の時に大きなエミッタンス増加が起こり、次にSDTLでは主としてvertical方向のエミッタンス増加が大きい事がわかる。
- 従って、DTLによるエミッタンス増加とSDTLで生じているエミッタンス増加の主たる原因は別である可能性が指摘できる。
- DTL内のエミッタンス増加は、もっとも強い収束力が必要となるDTL の収束力が不足している事を示している。この場合にはビーム電流依存性が大きい。
- SDTLで起きているエミッタンス増加は、おそらく加速ラインに沿ったビーム位置データとプロファイルデータとを見比べてみれば、原因がはっきりする可能性が高い。その場合の原因としては、人為的なもの、あるいはシスティマティックな改悪によるものが推測される。
- ビーム電流25mAでこのように大きなエミッタンス増加が存在する。こうした状態ではビーム電流50mA加速には多くの解決すべき問題があるだろう。
大きなエミッタンス増加の由縁と責任の所在
J-PARC陽子リニアックで報告されている現在の大きなエミッタンス増加は、人為的なものである。2003年に、その当時の加速器リーダーはある決断をした。即ち、
「DTLの収束用四極電磁石のパルス励磁方式をやめて、直流励磁方式を採用したい。直流励磁にすれば四極電磁石の熱負荷が問題となるが、デザインで設定されているDTL収束力を弱めれば可能である。そのようにしても、横方向の収束力は充分であり加速は大丈夫そうである。」
という案を採択した。その当時の加速器責任者は、リニアックの空間電荷効果になじみがない為であろうか、その案に対してきちんとした検討を加えるという案を採用しなかった。弱い収束案の採用以後、チューニングをサーベイする為に備わっていたリニアックの様々な可変部分は、サーベイが出来にくいように改悪されていく。その後、J-PARCリニアックは、四極電磁石励磁方式であるにもかかわらず、横方向の収束力のチューニングを行わないという、奇観を呈するに至っている。リングのコミッショニングに関わりのある人にとって、チューンサーベイを行わない加速器は考えられるであろうか。これは、天下の奇観といえよう。
- 上表に測定結果が公表されているRUN-7は2007年5月に行われている。その当時、何故エミッタンス測定結果を公表しないのかというコメントを筆者は書いている(横エミッタンス測定は横チューニングの基礎と思うが?)。今回報告された結果からみると、エミッタンス増加があまりに大きいので、その当時は公表を差し控えたのでしょう。どこの世界でも、自分に都合の悪い事を隠蔽するというのは、あまりほめられた事ではないでしょう。特に、ここの担当者は科学研究の最前線で働いているわけですから。
- その後、一年にわたるビームスタディと様々な作業の結果、マッチングとRF設定状態は格段に進歩したようで、それはそれで結構な事である。ところが、残留放射能という視点にたつと、エミッタンス増加により、無視できないビームロスが存在する状態が続いている。こうした愚かな選択(弱すぎる収束磁場の設定)を修正しない、あるいはサーベイにより最適な磁場設定を見つけないという選択を続ける事により、本来ならば浴びなくてもいい余計な放射線を浴びて作業をする人がいるし、将来は更に問題となる可能性が増大する。その人たちが浴びる余計な放射線を自分で浴びる覚悟がありますか。その放射線は、放射線削減の回避努力を拒む人々によって人為的に発生させられているといっていいでしょう。
- 更に、近い将来、平均大電流加速を目指す場合には、機器の放射化は即座に障害となる可能性があります。従って、加速器を利用する方々にとっても、重大な問題となるでしょう。
- この問題に責任ある立場の方は、山崎、上野、池上、長谷川の諸氏である。
以上の意味で、現在測定されているエミッタンス増加は、人為的なものであり、現状の弱い収束力設定を、推進した方々の責任は重大である。
現状の大きなエミッタンス増加の由縁が、充分な公開の議論の末の選択であるならば、人は間違える事がありうるという意味で、責任を問われる事はないでしょう。
参考文献:
以下の文献は当時の時間的な制約の為に、要点だけを述べている簡単なものである。文中、ビーム電流の単位は mA の誤記である。