J-PARC陽子リニアックのRFQ空洞不調について 2008年9月


○ 2008年秋の運転となり、ユーザーにビームが供給され始めた。目出たい。ところが、これから加速器の正念場を迎えるという時に、気になるニュースが配信された。J-PARC陽子リニアックのRFQは、運転中に放電が多発してビーム運転不能となってしまったという。リニアックのデューティが上がる(ビームパルス幅が長くなり、ビームの繰り返し周波数が上がり、ビームピーク電流が増える)時に懸念されていた最大のトラブルが早くも生じたのである。

メイル配信されたBEAM STUDY SUMMARYをみてみよう。 9月27 - 29日のSUMMARYを一目見ると、「45時間安定ビーム供給」が目に飛び込むので目出たいと思ってしまうだろう。ところが実態は第3項のTroubleに記されているように、RFQ空洞に放電が多発して、安定なビーム加速どころではなかったという。
関係者から配信された空洞の放電回数(正確にはtrip 回数、RUN18の期間の統計 )を以下に示す。この図で R=RFQ、D=DTL、S=SDTLと加速空洞を表している。RFQだけが他の空洞よりも二桁ほど数が多い事に注意して下さい。

DTLやSDTL空洞の場合には、空洞内でビーム損失があると、空洞ダウンに結びつく事がわかっている。

 参考資料:ビームの様子:2007年6月のRUNについて

現在のビーム損失量が小さくても、将来ビームデューティが増えれば致命的になる事を考えて、注意深いチューニングが必要となる所以である。
一方、RFQの場合には、ビームエネルギーが低いので、空洞電圧ダウンの原因は別にあると考えられる。

上図を毎日のダウン回数に書き換えてみよう。代表としてRFQとDTL-1について、2008年9月のRUN18のデータを使う。縦軸は対数軸で一日あたりのダウン回数を表す。横軸は9月の日付である。

RUNの最終日近く、一日あたり3000回以上のRFQダウンは、そのような回数を数える運転をする事自体が異常ともいえるが、定常的にも一日に100回以上のダウンがしばしば起きていることがわかる。しかも、これはRFQの定格運転よりも相当に楽な運転状態でのダウン回数である。将来予定されるRFパルス長さ600マイクロ秒、ビーム長さ500マイクロ秒、繰り返し25あるいは50Hz、ピークビーム電流30mAの運転は相当に難しい事が予想される。現在は300マイクロ秒程度のRFパルス長が限界である。

J-PARC RFQの問題は昔からあった

今回のRFQ不調はJ-PARC関係者の皆様が知るところとなった。準備万端整えて、いよいよビームテスト開始という時に、RFQ不調によりビームが来ないという事態に直面して、これまで秘匿されていたRFQ問題(あるいは前段グループ問題)にユーザーは初めて気づいたということだろう。これは決して偶然ではない。
リニアックのビームを作る部門(前段)は、抱えている問題が少数の限られた人々以外には知られる事がないように努力してきたからである。
イオン源とRFQには、上に述べた問題の他に、加速器としての性能に関しても、いくつかの問題が見られたので、筆者はかつて指摘している。興味ある方は読まれるといいだろう。

 参考資料:再び前段部分の問題点について:2007年3月のRUNについて

加速器の運転が出来なくなっては困るので、急遽対策会議が開かれた。
次回のランの運転状態に、会議の効果が反映されるように望む。

なお、10月2日に行われた第35回J-PARCセンター会議の加速器報告に次の記述がある。

[B] LINAC
「長期」連続運転を実施する上での脆弱性、特にRFQ の弱信頼性、が白日に曝された。早急に検討・対策WG を立ち上げる予定。予備器(新規)製作(&予算措置)は避けられない。(この類はRCS 及びMR にも山積。)


以下に引用したRCS報告の中に、大きく取り上げられるほどの重故障(長時間にわたってビームが止まる加速器故障をいう)にもかかわらず、リニアックからの報告が、要点を得ているとはいえ、多少文学的表現にまさり、これだけの分量とは信じがたい事だ。しかも、既に予備器(新規)製作は避けられないとの判断。弱信頼性の原因が未だにわからない状態で(それとも実は身に覚えがあるのかな)、次も又、同じように作るつもりであろうか。これでは二の舞いは避けられまい。それでなくとも、RFQ担当は既に同じ設計方針のもとに、空洞の半分をいつのまにか製作済みであると聞く。
「この類はRCS 及びMR にも山積」とはどういう意味か。少なくともリニアック報告の中にこうした文面があるという、その意図は理解の範囲を超える。これが事実として、このような事態の責任を誰かがとったとは聞いた事がない。そんな加速器を作っている所へ、文科省はフリーパスで予備器の予算措置をしてくれるのか?


[C] RCS (金正倫計)
――略――
(課題)
9/27(土)午前10 から9/29(月)午前7時まで予定していた連続45時間運転が主にRFQ の不調のため(RCS キッカーダウンも1度発生)9/27 午後10時30分頃から9/28 午後6 時頃まで約20 時間近く、ビームを出せなかった。ビーム運転再開後も頻繁にビームが落ちた。
12月からのユーザーへのビーム供給に向けての課題が明確になったので、次回のRUN では安定にビームを供給するスタディも検討する。また、今後ユーザーへのビーム供給が開始されても、引き続きビームの安定供給と大強度化のために、加速器のスタディを行なう時間の確保が重要である。

RCS報告の後半部分には賛成である。しかしながら、せっかくのビームスタディ時間を有効たらしめるには、まずは意識改革が必要ではないか。これまで、及び今後の予定表に、加速器スタディという要求あるいは時間枠がなかった事は何を意味するのかを考え、反省すべき点があるならば反省する事が第一に重要なことだ。先端加速器ならば、その性能は自分達の努力によって、次第に達成していくものだと思うが、こうした考え方は少数意見らしい。仕様書を書いて発注さえすれば、世界に類をみない性能が得られると思うのは間違いだろう。