J-PARC陽子リニアックのRFQ空洞不調について 2008年9月
○ 2008年秋の運転となり、ユーザーにビームが供給され始めた。目出たい。ところが、これから加速器の正念場を迎えるという時に、気になるニュースが配信された。J-PARC陽子リニアックのRFQは、運転中に放電が多発してビーム運転不能となってしまったという。リニアックのデューティが上がる(ビームパルス幅が長くなり、ビームの繰り返し周波数が上がり、ビームピーク電流が増える)時に懸念されていた最大のトラブルが早くも生じたのである。
メイル配信されたBEAM STUDY SUMMARYをみてみよう。
- 9月26日 BEAM STUDY SUMMARY(Sep 26, 2008 9:30 - 23:40)
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・3NBTダンプで再現性確認
・8.3Hz 連続ビーム供給(10:50〜12:30)
・LINAC軌道調整
・25Hz 連続ビーム供給(20:46〜23:00)
・ビーム試験(ピーク電流密度減少化) (23:00〜23:30)
(Sep 27-29は25Hz安定ビーム供給。次のサマリーレポートはSep 29の朝に送付予定。)
1. LINAC Beam
Peak Current: 5mA, Pulse Width: 0.1msec, Repetition: single,1,25 Hz, Pulse Chopping Width: none,140,280,560 sec
2. MLF : Particle/shot(Max 8e11 ppp), Repetition (25Hz , Power 2.4kW)
3. Trouble none
- 9月27 - 29日 BEAM STUDY SUMMARY(Sep 27-29, 2008 10:00 27th - 7:00 29th)
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・45時間安定ビーム供給 (Sep 27 10:00 - Sep 29 6:30)
・長時間運転後のビーム軌道の確認 (6:30-7:00 Sep 29)
1. LINAC Beam
Peak Current: 5 mA, Pulse Width: 0.1ms, Repetition: 1, 8.3, 25 Hz, Pulse Chopping Width: 70,140,280ns
2. MLF : Particle/shot(Max 8e11 ppp, 2e11 at 25Hz operation), Repetition (25 Hz, Power 2.4kW)
3. Trouble
・Sep 27 22:31 - Sep 28 15:43 RFQエージングによる停止
・RFQ MPSによる停止が頻発
9月27 - 29日のSUMMARYを一目見ると、「45時間安定ビーム供給」が目に飛び込むので目出たいと思ってしまうだろう。ところが実態は第3項のTroubleに記されているように、RFQ空洞に放電が多発して、安定なビーム加速どころではなかったという。
関係者から配信された空洞の放電回数(正確にはtrip 回数、RUN18の期間の統計 )を以下に示す。この図で R=RFQ、D=DTL、S=SDTLと加速空洞を表している。RFQだけが他の空洞よりも二桁ほど数が多い事に注意して下さい。
添付されていたコメントは次の通り。
・D3は9/25以降多発.
・S4 は9/7に83回おちている.
・S8(アークセンサー)は夜,昼,準夜を問わず落ちている.
・S14は9/1の91回が大きいが,冷却水の影響か.
・全体に夜,昼,準夜の違いは少ない.
・RFQを除く平均trip rate は,約0.11回/h/kly.
DTLやSDTL空洞の場合には、空洞内でビーム損失があると、空洞ダウンに結びつく事がわかっている。
参考資料:ビームの様子:2007年6月のRUNについて
現在のビーム損失量が小さくても、将来ビームデューティが増えれば致命的になる事を考えて、注意深いチューニングが必要となる所以である。
一方、RFQの場合には、ビームエネルギーが低いので、空洞電圧ダウンの原因は別にあると考えられる。
上図を毎日のダウン回数に書き換えてみよう。代表としてRFQとDTL-1について、2008年9月のRUN18のデータを使う。縦軸は対数軸で一日あたりのダウン回数を表す。横軸は9月の日付である。
RUNの最終日近く、一日あたり3000回以上のRFQダウンは、そのような回数を数える運転をする事自体が異常ともいえるが、定常的にも一日に100回以上のダウンがしばしば起きていることがわかる。しかも、これはRFQの定格運転よりも相当に楽な運転状態でのダウン回数である。将来予定されるRFパルス長さ600マイクロ秒、ビーム長さ500マイクロ秒、繰り返し25あるいは50Hz、ピークビーム電流30mAの運転は相当に難しい事が予想される。現在は300マイクロ秒程度のRFパルス長が限界である。
J-PARC RFQの問題は昔からあった
今回のRFQ不調はJ-PARC関係者の皆様が知るところとなった。準備万端整えて、いよいよビームテスト開始という時に、RFQ不調によりビームが来ないという事態に直面して、これまで秘匿されていたRFQ問題(あるいは前段グループ問題)にユーザーは初めて気づいたということだろう。これは決して偶然ではない。
リニアックのビームを作る部門(前段)は、抱えている問題が少数の限られた人々以外には知られる事がないように努力してきたからである。
- RFQ空洞が運転中にダウンしても、それが公式にはカウントされないような表示システムを作った。従って、公表されている記録を見ても、RFQのトラブルは外部からは勿論、内部の人でさえ、相当の注意を持って調べなければわからないシステムになっていた。これは意図的な情報隠し失敗隠しである。
- リニアックの加速空洞は数多くあり、RFQ空洞はその中の一つである。RFQ空洞に関しては前段グループ以外の人間にはRFコンディショニング等の操作を禁じていた。
- 空洞のRFコンディショニングは、注意深く行う必要がある。その目的が、空洞の耐放電特性の改善なのだから、収集可能なデータを全て採り、注意深く検討しながら行うべきものである。ところが、そうしたコンディショニング作業を何故か情報量が少ないコントロール室で行うのが、RFQ空洞のグループである。これは、霧の中で道が見えないのに車を運転しているようなものであり、その勇気には感心するが、何を見ながら注意深く行えばいいのかに思いが至らないか、あるいは、何かの都合でそうしたデータが取得できないシステム構成になっているかの、いづれかであろう。
- 放電の場所とレベルをきちんと把握する事が原因究明の第一歩であろう。J-PARC RFQは横方向のモード安定化のための優れたメカニズムを備えている。その部分が放電の原因となっているという情報がある。筆者がしばしば言及している事であるが、 新しく工夫をした時など、全てにわたって優れているという事は普通はあまりない。特に空洞の場合には、何かが優れていれば、それは何かを犠牲にして、その優れた特性を得ている場合が多い。一つの閉じた箱(空洞)の中で、あれこれしているだけなので、何かをいじると、その反作用としてどこかに影響が表れるのであろう。この安定化メカニズムの採用を検討する場合でも、そうしたデメリット部分をあらかじめ十分考慮したと思われる。電磁場コードが発達したので、最適形を計算上で見つける事が難しくない時代になっているのである。そうした結果を参考にして、原因が形状にあるのか、材料にあるのか、製作過程にあるのか、コンタクト法等にあるのか等の検討作業を、公開の場で行うべきであろう。
秘密主義と業者丸投げ、そして他への責任転嫁というかつての前段グループの悪弊が、様々な問題の解決を難しくしていた。
イオン源とRFQには、上に述べた問題の他に、加速器としての性能に関しても、いくつかの問題が見られたので、筆者はかつて指摘している。興味ある方は読まれるといいだろう。
参考資料:再び前段部分の問題点について:2007年3月のRUNについて
加速器の運転が出来なくなっては困るので、急遽対策会議が開かれた。
- Subject:RFQ検討会
皆様
前回のランでRFQが不調だったことを受け、経過や対応について検討会を行います。
関係者、興味のある方、ご参加ください。
日時 10月9日(木) 15:30から
場所 中央制御棟 打合せ室
内容(案)
・経過説明(森下氏)
・RFQ担当から(上野氏)
・RF担当から(山口氏)
・短期(次ラン)の対応
・長期の対応
次回のランの運転状態に、会議の効果が反映されるように望む。
なお、10月2日に行われた第35回J-PARCセンター会議の加速器報告に次の記述がある。
[B] LINAC
「長期」連続運転を実施する上での脆弱性、特にRFQ の弱信頼性、が白日に曝された。早急に検討・対策WG を立ち上げる予定。予備器(新規)製作(&予算措置)は避けられない。(この類はRCS 及びMR にも山積。)
以下に引用したRCS報告の中に、大きく取り上げられるほどの重故障(長時間にわたってビームが止まる加速器故障をいう)にもかかわらず、リニアックからの報告が、要点を得ているとはいえ、多少文学的表現にまさり、これだけの分量とは信じがたい事だ。しかも、既に予備器(新規)製作は避けられないとの判断。弱信頼性の原因が未だにわからない状態で(それとも実は身に覚えがあるのかな)、次も又、同じように作るつもりであろうか。これでは二の舞いは避けられまい。それでなくとも、RFQ担当は既に同じ設計方針のもとに、空洞の半分をいつのまにか製作済みであると聞く。
「この類はRCS 及びMR にも山積」とはどういう意味か。少なくともリニアック報告の中にこうした文面があるという、その意図は理解の範囲を超える。これが事実として、このような事態の責任を誰かがとったとは聞いた事がない。そんな加速器を作っている所へ、文科省はフリーパスで予備器の予算措置をしてくれるのか?
[C] RCS (金正倫計)
――略――
(課題)
9/27(土)午前10 から9/29(月)午前7時まで予定していた連続45時間運転が主にRFQ の不調のため(RCS キッカーダウンも1度発生)9/27 午後10時30分頃から9/28 午後6 時頃まで約20 時間近く、ビームを出せなかった。ビーム運転再開後も頻繁にビームが落ちた。
12月からのユーザーへのビーム供給に向けての課題が明確になったので、次回のRUN では安定にビームを供給するスタディも検討する。また、今後ユーザーへのビーム供給が開始されても、引き続きビームの安定供給と大強度化のために、加速器のスタディを行なう時間の確保が重要である。
RCS報告の後半部分には賛成である。しかしながら、せっかくのビームスタディ時間を有効たらしめるには、まずは意識改革が必要ではないか。これまで、及び今後の予定表に、加速器スタディという要求あるいは時間枠がなかった事は何を意味するのかを考え、反省すべき点があるならば反省する事が第一に重要なことだ。先端加速器ならば、その性能は自分達の努力によって、次第に達成していくものだと思うが、こうした考え方は少数意見らしい。仕様書を書いて発注さえすれば、世界に類をみない性能が得られると思うのは間違いだろう。