2009年末のJ-PARCリニアック運転の現状:空洞の放射化データを見て
○ 2006年12月に始まったJ-PARCの運転は、2009年12月で丸3年を終えた。皆様の努力により、前段問題(RFQ問題)解決に曙光が見え始めたとの記述も散見されるようになった。これを含めて、他のいくつかの重大課題もようやく共通認識のもとに、解決すべき方向へ歩み出したかのように見える。
この現状はビームユーザーの高エネルギー関係者にはどのように映っているのか。少し古いデータとなってしまったが、「高エネルギーニュース」第28巻第3号(2009年秋発行)から引用する(P.205~、p.214~)。
●J-PARCの現状
2007年の運転開始から、ニュートリノビーム生成まで来たが、現状は RCS運転で100kWx1時間、210kWx70秒、300kWx1ショット(RCS100kWはおよそ MR30kWに相当)。
●三大問題
1. RFQ(二日運転一日休み)
2. RFコア座屈
3. 電源リップル
●2006年秋運転開始のSNSは、すでに800KW(最高出力は880KW)。3年で設計の61%を達成している。
●J-PARCの大強度化への方針:
LINAC/RCSは陽子数/パルスを増強(イオン源・RFQ・400MeV linac)、MRは高繰り返し(0.3Hz --> 1Hz ?)。
Q: 原研の予算要求には対策の費用は入っているのか?
A: 特別な対策という形では入っていない。
Q: 原研側の問題は、予算があれば解決するのか?
A: 違うと聞いている。マンパワーの増強も必要である。現存するマシンのパルス当たり陽子数several x 10E13に対してJ-PARCは 3 x 10E14を実現しなければならない。
J-PARCの現状と課題
-LINACはRFQの真空排気の増強により見通しが立ってきた
-J-PARCパワーのシナリオは、2003年時の計画から約二年の遅れになっている。
Q: 二年の遅れというのは?
A: 2012年度末に強度達成と言っていたのが、二年遅れる。
C: いまの最善のシナリオがうまくいき、そのための資金も出た場合だ。
Q: J-PARCのリニアックをやっている人の数が減っているという話をきいたが。
C: ビームタイムがリニアックのマンパワーで制限されているという問題はないのか?
Q: 緊急性があるといっても、若い人がいきなり行って役に立つか?
A: 必ず役に立つ。
C: ビームロスをどこまで受け入れるかだろう。説明を聞けば聞くほど、今後の全てのhigh intensity machine にかかわる課題だと思う。
二年遅れと聞かされては、ユーザー側は、怒りと不満のはけ口に困るであろう。筆者は2007年3月の時点で、それまでのリニアックビームスタディ結果をもとに本ホームページ第4章に「再び前段部分の問題点について」と題して、イオン源とRFQ部分が危機的状況にあるとの警鐘を鳴らした。2007年秋には「建設の大幅な遅れ」を「J-PARCが抱える諸問題」の一つとして取り上げている。もっとも警鐘ばかり鳴らし続けていては、警鐘の有難さというものは雲散霧消するのだが。
さて、ここに引用した高エネルギーニュースの文面の中にはいくつかの重要な問題が話題にのぼっているが、それは問題点がありそうだという認識を示したに過ぎない。
- 何故、三大問題「RFQ」(ここにはイオン源を含めるのが適当だろう)、「RFコア座屈」、「電源リップル」が生じたのか。その時点では、加速器責任者はどのような対応をしていたのか。
- J-PARCリニアックをやっている人の数が減っているとは何を意味するのか。リニアック部門は、念願のビームの試験運転が始まった状況なので、本来ならば目標達成を目指して意欲ある人々が集結して活気あふれるステージのはずである。その逆の現象が生じるとはどういう事なのか。
- 二年後達成という重要な期限が示されているが、その根拠は何か。しかも予算が要求通り出ればとの条件付きである。
細かい点を指摘したのは、根本原因を是正する為には、ユーザーからの圧力は効果があると思うからである。RFQ空洞には改善の兆候が見られるようになった。これは外圧が強まって、新たに組織されたRFQ空洞の再生グループが、空洞屋としては常識的な処方箋をRFQに適用できるようになったからであろう。こうした事例を範とすれば、今後の方向も見いだせるのではないか。
CONGRATULATIONS!! SNS 1-MW routine run!
SNSは2009年9月18日に中性子生成1 MWのルーティンランを始めたとのニュースが流れた。SNS関係者皆様にお祝いを申し上げる。
J-PARC 300 kW 1-hour operation
J-PARCでは2009年12月10日に300kW連続1時間運転を達成したとのメイルが配信された。
図の中の「RFQ conditioning. Beam off」の記述が示すように、腫れ物に触るような注意を払いながら、中途目標数字の一つを達成したという印象だ。およそ一年前の暗雲立ちこめた状況からの回復はみられるが、決して万全となったわけではない点に留意。複数の不手際が重なって重故障状態に陥ったRFQの再生を別グループが引き継いで、ようやく全うな応急処置を施した結果得られた成果であろう。
既に深刻なリニアック加速空洞の放射化
2009年12月3日にLINAC-RF打ち合わせで報告されたというリニアック空洞の放射化測定結果のファイルが送付されたので、リニアックの運転状況の観点から取り上げる。
最初の図はリニアック全体の残留放射線測定結果(線量当量率)、次の図はDTLの測定結果である。
上図横軸の、"D"はDTL(ドリフトチューブリニアック)、"S"はSDTL(分離型ドリフトチューブリニアック)、"DB"はデバンチャーを表し、数字は加速空洞番号を表す。同じ番号の空洞Aと空洞Bは、高周波電力を供給するクライストロンが共通である事を示す。
上図横軸の"GAP"と"DT"はD3出口近くの加速ギャップとドリフトチューブを意味する。この部分をまとめてD3出口と呼べるだろう。
添付書類に書き添えられていたコメントは次の通り。
1) 2009/12/03 LINAC-RF打ち合わせで報告された空洞の放射化に関して
・6月の測定結果と今回の結果を比較すると5~6倍放射化されている。
・D3の入り口で高くなっている(3μSv/h)。検討をお願いする。
・運転中にビームロスを測定できるモニターの準備が必要である。
(空洞からのX線に影響を受けないモニター)。
と報告・議論があった。
2) DTL間の放射化に関する参考資料
2009/12/17のDTQ設定値を参考資料とします。
コメントの(2)に述べられている参考資料DTQ設定値は、ここには採録しなかった。その理由は、少し詳しすぎるためと、全体の設定値との関連がわかなければ意味が薄れるからである。
なお、放射線作業による被ばくに関して、KEKの「被ばく線量を管理するための目安基準」は次のように定められている。
作業被ばくの目安基準 男子 500 マイクロSv / 日、 1000マイクロSv /週
従って、加速途中で生じるビームロスの割合をこのままの状態にして、加速ビーム総量を増やす場合には、リニアック加速空洞のメンテナンス作業は放射線被ばくにより不可能となる事態が予測される。一般的に言えば、リニアックでは考えられない事である。
添付されていたコメントの中に、問題点は述べられている。
- 全体として放射化が増大している点。
- DTL3入り口が放射化している。
○ 最初に注意したいのは、RFQをDTLの前段加速器として使う方式の陽子リニアックでは、リニアックDTL空洞がビーム損失により放射化されるという事自体が、その運転状態のどこかに欠陥がある事の証明であるという点だ。
その理由:
- RFQからの出力ビームは充分にバンチ化されているので、DTLの縦アクセプタンスからはみ出すという事は通常あり得ない。
- DTLの横アクセプタンスは、ビームエミッタンスに比べて充分大きいはずなので、適切に運転すれば、ビームをこぼす事はない。
○ 次に、放射能測定前の全加速粒子数を用いて、測定データを加工しなければ、測定時期が違うデータ相互の正確な比較は難しいという点にも留意する必要がある。
とはいえ、たかだかピーク電流15mA程度の短期間運転により、空洞放射化が激増するという事は、並の努力の結果として維持されるべき運転形態が、何らかの理由により達成されていない事を意味する。
これらの二図をみて気づいた点は以下の通り。
- 運転開始以来3年を経て、ビーム損失を減らす努力を積み重ねた末の空洞の放射化測定結果であるが故に、深刻である。
- 運転中のビームの振る舞いを示すほかの主要なデータとの比較をしなければ、全て推測の域を出ない事に注意する。
- チョッパーの有無によるFCTデータを比べれば、全般にわたるビームロスの原因について、限定的ではあるが何らかの推測が出来よう。
- DTL3の入り口で放射化が大きくなっている点に着目。この部分では横方向収束力が変化する(抜ける)。その効果が小さくなるようなチューニングが必要だろう。それぞれの磁石の働き具合のチェックはもちろんだが、このようなケースでは、タンク全体としての性質が疑われる。入射チェックは有効ではないか。場合によっては整列チェックも必要だろう。なお、原因によってはDTL2の入り口でも同じ事が起こるはずである。従って、データを細かく見る作業が必要だろう。
- 第二図において、D3入り口測定データと出口データとの間の、時期的な相関が薄れている。タンク途中のデータがないので、チューニングに大きく依存する部分のデータだけからでは、現象の判断が難しくなるが、ある仮定のもとではこうだというような事は推測可能だろう。
- 出力ビームの横エミッタンス(rmsではなく、ビームの広がり全体を反映するタイプのもの)の大きさと形を検討すれば、現在の状況を理解する手がかりが得られるのではないか。得られたエミッタンスをある仮定のもとに上流に遡及する事はやさしい。
- 2009年11月のランでは、RFQが多少回復した事に伴い、いくつかの重要な部分のチューニングが、それまでとは変わっている。それをふまえた上で、ビーム電流増加の効果がどのように効いているのかに注目してデータを検討すべきだろう。
- 最後の測定結果では、SDL部分とデバンチャー部分の放射化の比が、以前に比べて大分違っている事がわかる。面白いデータである。
- L3BTのロスはどのように変化したのか。これも重要なデータとなろう。
- 筆者はコミッショニングチームの現在のリニアックチューニングは二重の過ちを含むと指摘している。備わっている有用なノブを意図的に使用しないという過ち、その結果として最適なチューニングが達成されている保証がなく、様々な問題を引き起こしている可能性が高い事。以上の二点である。測定データを見れば、そうした原因が存在する可能性は否定できない。