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4.4 加速空洞 - DTL

2.7に示した DTLの外側の円筒のタンク直径は、周波数200MHzの場合にはおよそ90cmである。その空洞は、鍛造の鉄円筒をくり抜いてから、その内面に銅メッキ(銅電鋳と呼ぶ)を1mm弱して、電気抵抗の小さい良好な内面を得ていた。タンクを銅電鋳で製作するというのは、日本の陽子リニアックの特徴であり、それ自体は外国で採用している鉄板に銅板をクラッドする方法に比べて、数多くの長所を持つ。KEK PS 20MeVリニアックの長さは約16mであり、これは6本のタンクをつなぎあわせて製作されている。従って1本の長さは、3m弱である。このタンクの中には、ドリフトチューブ(全数90本)を取り付けなければならないが、直径が90 cmと大きいので、人間が中にはいり込んで作業を行っている。四極磁石を含むドリフトチューブの整列精度は、200MHzの場合にはおよそ0.1mm である。

さて、周波数を400MHz 以上に選ぶと、タンクの直径は50cm以下となる。到底、人間が中へ潜り込めるものではない。しからば、どのような製作法を採用して、どのような手順でドリフトチューブをタンクへ取り付けて、しかも全長は10mに及ぶタンクを作るのか。
三菱重工の名古屋は、本業が航空機製造であり、ロケット製作も行っている。私が見る所では、非常に奥の深い技術集団である。空洞に対する新たな仕様を目の前にして、重工の技術者が面白い提案をした。

1. 純銅ブロックからの切削により空洞を製作する。
2. 各ユニットタンクの長さは、ユニットタンクの両側から手が届いて作業が可能である長さとする。
3. ユニットタンク同士の結合は、端面を押し当てるだけとして、電気接触をよくする為のコンタクターを用いない。電気接触を確保する為の面圧は、タンクフランジの間に挟んだ複数個のタブの溶接により得る。真空は、フランジ外側に張り出したフィンを溶接する事により確保する。
4. ドリフトチューブの取り付けは、ステムの先端をテーパー状の円錐台に削り、それを押し当てる事により、位置精度の確保、真空の確保、電気接触の確保を行う。
5. ドリフトチューブの位置の微調整が必要ならば、ステムの調整(伸長と曲げ)により行う。

この提案は、物作りの時に注意すべきであるとして、先輩から教えられてきたほとんど格言に近い言葉に矛盾するものであった。曰く、

一つの部品に複数の機能を持たせてはいけない。

例えば、いわゆるコンタクターを使って、真空の保持をし、且つ、同時に電気伝導も受け持たせるのはよくないというのは、加速器製作者の常識に近い。加速空洞の内部には強力な高周波電波が充満するので、空洞内面には、高周波大電流が流れる。そこで、空洞内部の電気的な優れた接触を保つという事は、空洞製作のキーポイントとなる。ここで、保つという事は非常に重要であって、当初は優れていても、運転により劣化して、その部分が焦げるなどの事故は、これまでに散見される所である。提案されている案では、事故と故障の元になっているコンタクターが使われていない。従って、充分な電気的な接触さえ確保出来るならば、非常に魅力的である。しかし、真空は無理ではないか。更に、テーパーによる保持方法を採用すれば、力は充分確保出来るが、その位置精度は並大抵な事では達成出来ない。銅のむくから削り出してコストはどうなるのか。

議論が延々と続く。思えば、こうした時代が物作りにとって一番楽しかった時代ではなかったか。会議の結論に沿って、試作がなされ、そのテスト結果に基づいて、新たな方法を立案する。このような製作仕様に基ずく陽子リニアックは世界に皆無である。結果からみて、空洞製作法としては、ひとつの技術が確立した。その出来具合は相当に素晴らしいものであった。それぞれの部品、その組立には、膨大な時間を費やして得られた技術的なノウハウが含まれていた。ユニットタンクをつなげる時に、レールの上を滑らせて二つのタンクのフランジ面を合わせても、良好な電気接触とならない場合がある。接触する部分の表面粗度はほとんど限界に近い。注意して作業も行っている。何故、2回目になると良い電気接触が得られないのか。細かい砥石でフランジ面を一舐めすると、電気接触は回復した。何回目のステム装着の時には、装着時に加えるある一定の力の時のテーパーの進み具合はいくつだから、ステム調整量はこのようにするというようなデータの末に、ドリフトチューブは設置精度50ミクロンの中に納まって装着された。
このようにして出来たリニアックはほとんど芸術品に近い内容を持っていた(図4.2)。しかしながら、これをある限られたコストと建設期間の間に行う事が出来るかという問いに対しては、yes と明確に答える自信がない。出来ないという事も明確ではない。ひとつ確かな事は、明確な意思と技術と執念を持つ技術者の存在が不可欠な事である。このタンクは流れ作業でできるタンクではなかった。

製作開始後から2年以上たった。翌日にはKEK1号館談話室で重工との打ち合わせが予定されていた。私は山崎氏と夜遅く議論をしていた。それは、ステムの装着法に含まれている真空の確保を、今後は分離するかどうかという問題であった。既に開発から2年以上がたっている。テーパーにより真空を保持するという難問に対してもそれ相当の実験を繰り返していた。もともと、円錐台のテーパーによる接合により、加速器に使うような高真空を保持しようという事には無理がある。テストリニアックの建設日程からみても、現時点で方針を変えなければ、今後半年から一年の日数が新たに必要となり、経費も無駄となるというのが、私の基本認識であった。私は、これまでの試験経緯もあわせて山崎氏に説明した上で、明日の会議で、方針の変更を提案してはどうかと言った。位置確保はテーパーで行い、真空の確保はテーパーの上にガスケットを使うという案である。山崎氏が会議に出席する時には、やはり長であるので、彼が反対すれば、その案は没にせざるを得ない。その日はそうしてあらかじめ説明を行っていたのであった。山崎氏は了解した。
翌日、重工の担当が更に、テーパーと真空を追及する案について長々と説明し、相当の議論の後、私は山崎を促したが、彼は次のように言った。

「それでは、今度の案でお願いします。」

会議後、私が理由を訪ねると、説明を聞いているうちになんとなく気が変わったというではないか。その後、半年以上の月日が経過してから、この部分の仕様は変更された。

組立途中の432-MHz DTLを示す。このリニアックは数多くの優れた基礎的技術開発の上に成り立っていた。その多くの技術は、次の段階の周波数を下げたDTLに引き継がれる事はなかった。しかしながら、このリニアック建設とともに熟逹した各種パーツのデザインの手法、測定法などは受け継がれている。将来、極めて高性能なDTLを考える時には、この空洞の作り方は再び思い出される事があるであろう。その意味でも、蓄積されたデータ等の整理に早く着手したいと考えている。

図 4.2: 組立途中の432-MHz DTLユニットタンク
\includegraphics[width=10cm]{DTL432.EPS}


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