共振周波数と電場分布
20 MeV陽子リニアックの加速電場のデザイン値と測定値を図2.1と図2.2に示した。このリニアックの加速電場 E は、次式で示されるように、エネルギーの増大と共に大きくなるようにデザインされていた。
ここで電場 E(MV/m)、加速管の入射点からの距離 Z(m)である。従って、エネルギーが低い(750 keV)入射位置で加速電場は1.5 MV/m、リニアックの出口では、Z=16 mとして加速電場は 2.1 MV/mとなる。これがデザイン値である。図2.1と図2.2をみれば明らかなように、デザイン値と測定値には相当の食い違いがある。食い違いの原因についてはいくつか考えられるが、チューナー補正後のリニアックの共振周波数がデザイン値よりも600kHz 程度低いという結果を合わせて考慮すれば、ドリフトチューブをぶら下げる為のステムによる効果の評価が不十分だった可能性を挙げる事ができる。リニアックの加速空洞が一つの場合には、600 kHzという周波数誤差は大きいのだが、高周波源グループに御迷惑をかける程度で運転は可能である。しかし、リニアックの加速空洞が複数個ある場合には、それぞれのタンクの共振周波数は相互に厳密に合わせなくてはならない。その合わせる程度は1kHz以下が目処となる。運転周波数が200 MHzの場合、運転周波数を200〜300Hz 上下すれば、ビームへの影響が表れるのである。加速空洞の言葉で言えば、その程度に大きいQ値の空洞であるという事である。100万分の5程度の割合であるから、一般的に言えば、相当に厳しい精度と言える。
私の先任者と同じデザイン方法をすれば、これから作る40 MeVタンクの共振周波数のエラーは相当のものとなってしまう。デザイン通りの電場分布を達成する事も難しそうである。周波数チューナーを数多く作れば、調整可能範囲を広げる事は出来るが、そうした方法は害をもたらす副作用を伴うので、望ましいやり方ではない。実際のリニアックをまじかにお守りして、次はこのままでいいのかという難問に当った気がした。
参考文献
(1)S. Okumura and D. A. Swenson, "Bead perturbation measurement for the KEK linac cavity", KEK-74-15 (1974).
(2)S. Inagaki et al., "Field measurement of the KEK linac-cavity by bead perturbation method", KEK-79-7 (1979).
空洞の安定化
図2.2を見ればわかるが、加速電場のずれは、入り口と出口付近で大きい。これは実際にビームによくない影響を与える。ドリフトチューブリニアックは発明者の名前をとってアルバレ型空洞とも呼ばれている。便利な空洞ではあるが、実は、加速電場の分布が悪くなりやすいという弱点も合わせ持っている。そこで、先人の研究者達は、なんとかして安定な電場分布を持つDTLを作ろうと努力した。私の赴任当時の西川哲治KEK所長はアメリカの東部にあるブルックヘブン国立研究所(BNL)への留学時(1960年代初め)にマルチステムという安定化の方法を提案されていた。それに対して、アメリカの西部にあるロスアラモス国立研究所(LANL)ではポストカップラーによる安定化を提案していた。この二つの方法を比較して考察した末、私はポストカップラーをテストする事に決めた。空洞の対称性から考えれば嫌な部分はあるが、製作とチューニングの容易さの点では優れていると思われた。性能はその分だけ劣る可能性があったが、その差が問題となる事はないと判断した。西川先生のマルチステムの仕事を継承したいとは思ったが、ここでは断念した。
後年の経験から言えば、空洞の安定化は長さの長いドリフトチューブリニアックに対しては、大いに効果がある。しかしながら、現実の運転においては、空洞が安定化されている為に、本来表面に表れて検知されるはずの欠陥がマスクされてしまうという事を、忘れてはいけないと思われる。
出力エネルギー
現実の電場分布がデザインと違っていると、その出力エネルギーもデザインと変わって来る。電場にはその分布と絶対的な強度の二つの側面がある。入力高周波電圧を増やせば、電場分布を一定に保ったままで、絶対的な電場強度が強くなる。陽子リニアックの場合、加速に使う電場を強くすれば、出力エネルギーが高くなるというものではない。ここはよく勘違いする人がいるが、陽子リニアックでは、エネルギー振動を伴いつつ加速を行うので、加速電場を強くすると、出力エネルギーが下がる事もある。要するに、エネルギー振動のどの位相の所で加速管の出口に到達するかという事が肝要である。電子リニアックの場合には、エネルギー振動が無いので(粒子速度が光速に非常に近いので)、全ては簡単である。
1980年にPS リニアックに赴任して以来、20 MeV リニアックの出力エネルギーがデザインと異なり、また、電場強度を変化させて出力ビームエネルギーのデータをとっても、測定した電場分布を基礎にしたビームシミュレーションとは、部分的にしかあわないという問題が私の念頭にはいつもあった。20 MeV リニアックの出力エネルギーは40 MeVリニアックの入射エネルギーなので、大変重要なデザインパラメータとなる。そこで、タイムオブフライトの方法、アナライザーマグネット、更に、ブースター磁場から換算したリニアックエネルギーなども参考にして、20 MeVリニアックの出力エネルギーを測定した。結局の所、設計上の40 MeVリニアックの入射エネルギーは、20 MeV リニアックの出力エネルギーとは少し異なる値とした。