ATAC09で報告されたJ-PARC リニアックビームエミッタンス


○ 2009年3月初に行われたATAC-9(Accelerator Technical Advisory Committee for the J-PARC)において、J-PARC陽子リニアックの加速ビームについての報告と議論があったので取り上げる。
世界各地の研究所から招待されているATAC委員は以下の通り。

R. Garoby/CERN, L. Young/LANL
I. Gardner/RAL, J. Wei/BNL & Tsinghua Uni
S. Holms/Fermilab, A. Noda/Kyoto Univ, T. Roser/BNL

報告によれば、RFQの放電によりビームパワーが制限されているトラブルの他に、現在リニアックが抱えている問題は以下の三点であるという。 第一の好まざるプロトン加速に対するコミッショニングチームの解決策は、MEBTに設置されている偏向磁石を、通常とは逆向きに励磁して、曲がった陽子をスクレーパで削り取るという方法である。以下は、報告された方法の説明図である。

さて、この方法が持つ見逃せない欠点は、通常は直進するチョップされたビームが、偏向磁石の逆励磁により陽子とは逆方向にほぼ同じ程度(〜5mm以上か)振られてしまうことである。曲げられた方向にはスクレーパが無いので、次の四極磁石の働きによりビームは再び中心軌道方向へ戻るが、その後調整をするとしても、ビームが直進する場合に比べて大きく蛇行しながらDTLへ入射する。従って、もっとも避けるべきDTL入射時のミスマッチが不可避となる。これがエミッタンス増加やハロー生成につながる事は簡単に想像される。
従って、この方法は将来ビームパワーを増やす場合には、決して望ましい方法ではない。報告の中では、チョッパーとの整合も成り立つなどと、むしろ誇らしげに報告しており、内包する欠点に対するコメントが無い点に危惧を感じる。かつて行ったチョッパーのデモンストレーションの時に、スクレーパを設置しなければ、ある程度振られたビームは再び中心軌道付近へ戻る事は、既に示したと記憶している。
ところで、報告によれば、L3BTでのプロトンビームロスを観測したのは、2008年12月からであるというが、ビームスタディは2006年11月から始まっている。2008年9月にRFQが "突然"重故障を起こしたと報告されているので、その後の平均ビーム強度は相当に弱くなっているはずにもかかわらず、何故、陽子加速の観測は2008年12月からなのであろうか。そこで考えられる理由は次の二つであろうか。 もし後者であるならば、イオン源からRFQまでのパラメータを見直せば、大きな改善が望めよう。もし前者だとすれば、イオン源とRFQ のビームライン(LEBT)を曲げるなどが考えられるだろう。RFQ運転の負担を少なくする為にも、LEBTの見直しは効果がある。

J-PARCリニアックのエミッタンス増加とハローについて

どの程度のビームエミッタンスが得られているのか、報告から引用する。

第一に驚く事は、2008年2月にATAC-8において報告されたエミッタンス増加と同じ表(同じ数字)が、今回も報告されている事だ。
今回の報告では「加速後の弱いビーム損失」「DTL中のエミッタンス増加」「SDTL中のハロー生成」等が言及されているので、エミッタンス増加がコミッショニングの主要なテーマの一つである事は間違いない。ところが、報告されているエミッタンスの数値は前年とほぼ同じである。
この意味は、昨年の一年の間のビームスタディにおいて、エミッタンス増加に関しては何の進歩も無かった事、そして、新たなエミッタンス測定は、おそらく更に悪い結果をもたらした事を推測させる。このように、大きなエミッタンス増加という第一に回避すべき運転状態が改善されていない点からみると、コミッショニングチームは、筆者の推測に反して、エミッタンス増加に関心がないか、あるいは、関心があったとしてもどのようにして改善したらいいのかがわからないか、あるいは、意図的にそうした改善策を放棄している、のどれかであろう。
今回のリニアックエミッタンス報告の中で、関心のある部分を表にして示そう。

J-PARC RFQの横エミッタンス (単位 mm-mrad)
水平方向 垂直方向水平方向増加率垂直方向増加率
(1)規格化rms 5 mA  DTL出口 0.27 0.251.01.0
(2)規格化rms 5 mA SDTL出口 0.23 0.270.851.08
(3)規格化rms 5 mA A0BT出口 0.25 0.270.931.08
(4)規格化rms 30 mA DTL出口 0.42 0.361.561.44
(5)規格化rms 30 mA SDTL出口 0.35 0.401.301.60
(6)規格化rms 30 mA A0BT出口 0.37 0.401.371.60
(4)規格化99.5% 5 mA 7 10
(5)規格化99.5% 25 mA 7 10
(6)比(5)/(4) 1.0 1.0

このエミッタンス測定報告を素直に解釈して推論すれば、次のような結論を得る。
  1. 通常ならば、MEBT出口(DTL 入射)のrmsエミッタンスは、〜0.2程度である。そこで、この値をリニアック中のエミッタンス増加を考える場合の基礎(出発点)とするのが適当であろう。
  2. 空間電荷効果がそれほど強くはない5mAビームでも、DTL入射ビーム(出発点)に比べると大きなrmsエミッタンス増加(〜30%)がある。
  3. 5mAビームの場合には、SDTL以後の加速過程ではエミッタンスはほぼ一定であり、エミッタンス増加はDTLで生じている。従って、DTL入射部と DTL加速過程にチューニング不十分なミスマッチがあるのであろう。
  4. ビーム電流が30mAの場合、rmsエミッタンスは顕著に増加する。その増加の程度は、電流5mAのビームと比べて、+30〜60%である。この大きな空間電荷効果依存性から、30mAビームは、十分な収束力のもとで加速されているとは云いがたい。
  5. 99.5%エミッタンスは 7〜10とかなり大きい。これはビーム電流に依存せず、常に大きい。これはビームサイズが大きい事、及びミスマッチが生じている事が原因と考えられる。このミスマッチの中には、アラインメントの不備も含まれる。
  6. これらの測定の間に関連がある事を前提とすれば、入射に比べて出射rmsエミッタンスが減少するケースがみられる。この結果に対しては二つの解釈ができる。一つは、水平と垂直のエミッタンスのミキシング。これは、相当のミスマッチが無ければ、その効果は顕著とはならないと思われる。もう一つは、コア部の振動エネルギーが周辺部へ移動する場合である。後者の場合、rmsエミッタンスは加速過程で減少するが、エミッタンスの外側の寄与が大きい99.5%エミッタンスは増加する。これは、ビームサイズが大きくなって、入射ミスマッチがある場合にはしばしば(シミュレーション上で)起こる現象である。従って、この場合にはビームプロファイル上ではハローが顕著となる。
  7. かつてparticle-particle methodにより空間電荷効果を取り入れたビームシミュレーションコードを使ってJ-PARCリニアックのビームシミュレーションを行った。このコードは、使用する粒子数に依存して、空間電荷効果を多少過大評価する事がわかっているが、現在のJ-PARCリニアックでは、その計算コードが過大に評価した空間電荷効果(50mA)と同程度のrmsエミッタンス増加が発生している。これは何を意味するかと云えば、リニアック加速過程の収束力を弱めている結果、チューンデプレッション(〜外部収束力と空間電荷効果の比)としては、過大評価のシミュレーションと同じ程度になってしまっているという事であろう。ただし、ビームハロー部分に関しては、実際のビーム加速は空間電荷効果を過大評価したシミュレーションよりも悪い結果を与えているようだ。この意味は、弱い収束力によるビームサイズの増大、不十分なDTL-SDLマッチング、及び、アラインメント劣化等によるビーム軌道の蛇行などが関係していると思われる。
報告だけを参照して、筆者は以上のコメントを述べたが、リニアック報告(by HASEGAWA)はどのようになっているだろうか。

言い訳が多くて見苦しい報告であるが、その内容を評価すれば、

今後の課題


附たり