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3.1 1986年 たった一人の乱

1986年、KEK の加速器研究系の加速器スタディーレポートの形で私は、大強度高エネルギー陽子リニアックに対する考え方を公表した。

  1GeV リニアックの試み ASN-259 (1986)

A4で本文19ページの小レポートの中で、挑戦的な論調を展開しているので少し長いが抜粋する。

************-----引用開始

前書きの中:
 1GeVリニアックを考えるにあたり、なにを重要と考えれば良いだろう。直接にはいかなる周波数を選び、どのようなstructureを選ぶかであるが、実は、何を考えて選択するか、更に何を考えずに選択の決断をするか、即ち、選択の基準に何を選択し、またはしなかったかが重要だろう。事実がそうであったかは知る由もないが、思い起こすべきは、先輩たるLos Alamos 800 MeV linac 建設の時の膨大なレポートに見られる科学的合理的創造的な姿勢であって、設計、製作、運転、保守等諸々に対して、科学計算と実験事実に基ずいて誠実な判断をくだしている。付けを将来に残す事が無いように数多くの御批判に期待したい。

著者注:structure: ビームを加速する為の加速空洞の事。ここではリニアックの加速空洞を指す。

参考例として:
8)運転時のチューニングとはどんなものか?
リニアック運転時のパラメータは、rf phase and amplitudeと Q magnetである。LAMPFのチューニングの成果をみてみよう。

年月      平均電流
1972.6 1 マイクロアンペア
1974.12 13マイクロアンペア
1976. 夏 100マイクロアンペア
1979 500マイクロアンペア

彼らはさぼっていたのであろうか。否、総力を挙げて問題にあたっているのである。彼らのレポートから引用する。

1972: A major effort has to be spent on tuning problems with low current beams before one attempts high current operation.

1976: The fundamental problem in producing high quality beams remains the appropriate adjustment of the phase and amplitude in the bunchers and 48 separate sections of the accelerator. One of the real difficulties associated with this problem is the nonorthogonality of the many different parameters and the myriad of different set points which can produce sensibly the same beam; another difficulty is the impossibility of accurately measuring phase and amplitude of the accelerating field othet than through its effects on the beam.

彼らには技術力が無かったと言えようか。この問題を楽観的に考えて良いものだろうか。巷でいわれる様に3dB coupler で分けてmechanicalな導波管の長さを揃えればamplitudeは均等になり、phaseはcirculatorの誤差程度に納まるという事に彼らは考えつかず、その為に4年も浪費したのか。彼らが1973年に直面した状況をみてみる。

Energy (MeV) peak current (mA)
0.75 40
100 15
212 15
302 6
400 3
800 1

但し、このレポートの筆者は、study時間が無い為の中間報告であり、misleadingの無いようにと注意している。彼らが採用したチューニング法を挙げる。

1. beam loading これは精度が足りない。
2. 一つのタンクの中に、phase oscillationが一周期以上ある時は、rf phase and amplitude の関数としてエネルギーを測る。
3. 一つのタンクの中に1/2 phase oscillationがある時は、time of flight method を使う。
4. phase oscillationが小さい時は、エネルギーを測る。

44個の独立なタンクを持つLAMPFのチューニングに4年かかっている。CCL 部分をchain of single cavityで作る場合には、互いに独立なfree parameterはセルの数の2倍に増え、1000以上(optimized design では4000以上か)の数になる。この場合に何を目安にしてどのようなチューニング法が考えられるのか。LAMPFの努力を馬鹿にしないような解を捜さねばならぬ。LAMPFよりも技術力が相当高いとは思えない。LAMPF が遭遇した問題の解決策は単にtoleranceが大きいから大丈夫だろうとか、alignmentの技術が優れているから大丈夫というような推測ではなく、ビームの何をどのように測定してphase and amplitudeを決めるかという具体的なものでなくてはいけない。Phase and amplitudeの絶対測定が難しい事は入射器の経験でも明らかだと筆者は考える。

恐いレポートがある。(大ハドロン加速器計画提案書、p.181 〜)
***(単細胞リニアックでは)

1) ビームに対する各ユニットの平均位相の調整は、クライストロンの励振源である基準周波数発生装置からの信号を電気的に移相して行う。
2) ユニット内でのビームと各空洞との位相調整は、導波管の長さを機械的に変えて行う。
現在、KEK では、これと類似した高周波系がトリスタンで安定に運転されている事から、構成上特に問題となることはない。***

加速電場の振幅にふれていないのは、それほどの難事ではないということらしいが、ここに現れている楽天性は、当然ながら、LAMPFの問題を見事に解決された結果と思われ、その具体的な方法を、早急に公開されて厳密な検討に委ねる事を希望したい。

           ------***********引用終わり

著者注:加速空洞内には、電磁波が蓄積されて、これにより電荷を持つ粒子(ここでは陽子)を加速する。電磁波を蓄積する時の操作パラメータとして、電磁波の振幅(amplitude)と波としての位相(phase)の二つを、最適状態にチューニングする必要がある。
LAMPF: アメリカロスアラモス国立研究所にある陽子加速器施設の名前。

 普通、論文の中にこのような批判を書き入れる事はないと思われるが、ここでは、既に提案されている案に反論する事が目的の一つなので、多少きつめの修飾語を使って目立つような書き方をしている。物事にはちゃんと反論しなければ、馬鹿馬鹿しい事が通ってしまう。ほとんどの人は、それを子細に検討する事なく、暗黙の了解を与えてしまうのである。その結果は、周辺の人々、その廻りの人々、ひいては、国民全体がある種の迷惑を被る結末となる。おまけに、重要な点であるが、そのような無責任な決定をした当事者には、ほとんどの場合、何の咎めも無い。そうした決定がおよぼす害悪は、一般的なそれ以外の害悪とは区別出来ない結果、当然、その責任も問題視される事はない。あるボスが、身勝手な思惑の為に、加速器のこことここの距離は、少しあけておきましょうと言った結果、その後、20年にわたり、KEK ブースターシンクロトロンのビーム損失は、数パーセントは増加する結果となり、これは、放射線作業従事者の被曝量の増大となって反映されている。これには、私も責任の一端があるが、敢えて弁明すれば、それによって惹起される事を科学的に説得力ある形で示す事は、当時の私の力量では、並大抵の事では出来なかったのである。にもかかわらず、そのような事が予見されると主張すべきであったと考える。そうした基本的な姿勢が重要なのだと、私はいくつかの苦い経験から体験していた。そうした複数の苦い体験が、多少過激な反論を書くべきであると考える伏線になっていた。
さて、わたしのこのレポートによる反論に対して、批判された論文執筆者からは、何の応答も無かった。
参考の為に私が相手と考えた方々は、それぞれの分野で業績を挙げたか、その後挙げられた立派な方々である。
 この問題から明らかになる事は、こうした見識のある方々でも、とんでも無い提案をする事があるという事である。権力のある方が、馬鹿馬鹿しいデザインを思いついた時の対応について、下で働く実務者は問われる事になるが、実際問題としては、どこの世界でも同じだが、権力を持つ者に真っ向から刃向かう事は、通常は無謀な事であり、それは、私の場合にも現実におかれた境遇として跳ね返っていたのである。

 その後、私が反論したデザイン(単細胞空洞)による高電力モデルが発注され、製作が始まった。数千万円以上の研究費の浪費である。私は、こうした計画には協力しない姿勢を貫いたが、U氏は、黙々と仕事をした。後年までのその方の仕事ぶりを見ると、加速器に対する定見という考え方はないようである。いつも口癖で、「どうでもいいじゃないか、それはお気の毒」と言われる。目の前の仕事がなんであれ、それをこなすという考え方である。これは、過去の日本の進路を誤らせた無責任な行動パターンに連なるものと私には映った。上官の命令であれば、何でもするのである。上から見れば、使いやすいという事であろう。

 製作会社の担当者はこんな愚痴を言った。
「先生方の喧嘩は私らには関係ありませんから。なんとかスムーズに願えませんか」。もっともな事である。数千万の製作を、私からは無駄遣いと非難されるのだから、作る方も張り合いがない。イオン源の分野では、活躍された若い助手が、この単細胞空洞製作にも手を貸していた。義理で手伝っていた面もあろうが、本心でも良い空洞だと思っている節があった。

 日本のリニアック研究者が年1回集まって、研究報告会を行っていた。リニアック研究会という名前で、論文集が出版されている。1987年の研究会で私は次期陽子リニアックのデザインを報告した。題名は「1 GeV proton linac」、著者は私一人である。グループで作業している場合、このように一人だけの著者というのは、かなり異例であるが、その他の方の考えに反対しているという意味を持たせる為にも、あえて一人で投稿したと記憶している。物を作る場合、特に、メガワットクラスの大きな規模の場合には、そのマシーンの電力効率が設計の善し悪しの判断の一つの基準になる。加速器の業界ではそれをシャントインピーダンスという形で数値化している。同じ会議で、かつてKEKの20 MeV 陽子リニアックの建設に参加された方で、当時は他の部門に移られていた助教授が新しいリニアック案を提案されていた。そこでは加速器としての効率が非常に高い事を宣伝していたが、子細に検討すると重要なパラメータの記述がされていない。そこで私は、講演後の質疑の時に、そのパラメータはどのように設定されているのかと質問した。これは、発表者にとっては実は、非常に痛い質問だったのである。そのパラメータの常識的な値は私にはわかっているし、それが計算に入っていない事も検算からわかっている。講演者はどう答えかといえば、「論文の中に書いているはずだから、よく見て下さい」と木で鼻をくくるとはこのような言い方をするのかという返答であった。私は、どこにも書いてないようですがと更に質問したが、書いてあるというのみ。この方が作ったものは、壊れる事で有名であったが、さもありなんという印象を受けた。

このような意見の対立に起因する望ましくない状態が何故起こるのかというのは、どこでもいつの世でも興味深い問題であろう。この場合、私のボスは、いくつかの案についての比較検討を行うという作業を公開で行う事は一切なかった事も非難されるべきであろうと考える。自分の発案に固執するあまり、それを公開の議論にさらす事もなく、言うことを聞く部下に作業をさせ、一途に猛進した。こうした物事の進め方は科学技術の世界では失敗につながる可能性が高い。私の立場からすれば、技術的な討論を通じて、検討を加え、批判する機会さえも見いだす事が出来なかったのである。

さて、直属上司のボスと喧嘩すれば、日常の仕事までやりにくくなる事が普通である。科学技術上の意見の違いを、自己への反乱と解釈する上司が多いのであろう。かつてリニアック延長の仕事に没頭していたある日、教授は言った。「この仕事が一段落したら、どこか外国へ勉強しにいくようにしましょう」。乱の影響かどうか、私が外国へ行く話は立ち消えた。また、40 MeV 延長の時に手伝ってくれた大学院学生は、その後、助手となって入って来たが、彼は、教授がいうままに動いた人で、私の頼りにはならない。教授の所へ集まる様々な文献は、その新しい助手の所へ回されて、私の所へ来る事はなかった。勿論、教授にはそれらの文献を公平に回覧するという責務はない。今と違って、インターネットの文献検索など無い時代であり、知識の源としての出版物の比重は非常に高かった。ところが、何が幸いになるかわからないもので、表面状ひまなこの期間に、リニアックの基礎的な部品の検討を始め、リニアック用の計算コードの開発・整備を行い、新しいリニアックの様々な概念や問題点について充分に考える事が出来たのである。そして、反論の第2弾、3弾を加速器系内のスタディレポートの形で公表し、その他に、自分の中で生み出した新しい概念を形だけでも公開するという作業を行っていた。外国の研究者との交流を通じて、彼らはオリジナリティを(極端に言えばオリジナリティだけを)尊重する事が次第にわかってきたのと、その場合、とにかく何らかの形にして出版しておく事が重要であった。

1 GeV リニアックの試み(2)、ASN-265, 1987, 2 月
1 GeV リニアックの試み(3)、ASN-271, 1987, 4 月

参考文献:
大ハドロン加速器計画提案書 (部分), 1986.
N. Kumagai, S. Machida and Y. Kimura, "DESIGN STUDY OF A 250 MeV LINEAR ACCELERATOR", KEK Internal 86-13,1986.


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