ATAC09で議論されたJ-PARC RFQトラブル
○ 2009年3月初に行われたATAC-9(Accelerator Technical Advisory Committee for the J-PARC)において、J-PARC陽子リニアックのRFQ故障についての報告と議論があったので取り上げる。
世界各地の研究所から招待されているATAC委員は以下の通り。
R. Garoby/CERN, L. Young/LANL
I. Gardner/RAL, J. Wei/BNL & Tsinghua Uni
S. Holms/Fermilab, A. Noda/Kyoto Univ, T. Roser/BNL
会の最後にサマリーとして報告された暫定ATACレポートのリニアック部分の抜粋を以下に紹介する。
ATAC-9 暫定サマリーの抄訳
- 初期コミッショニングによりいくつかの重要な問題が提起されている。
1)RFQ問題によりRCSのビームパワーは20kWに制限されている。
2)400MeVリニアックアップグレイドが確実となった(43億円)
- リニアックの現状
RFQ とイオン源を除いて、リニアックの運転は良い。
- イオン源:
最近、トラブルが進行した。
フィラメントトラブル
運転・維持に人がとられるので、開発が進まない。
第一ステージのスペック(36mA、500マイクロ秒)はいまだに達成されていない。
●提案:人を充実させて、1 MW 運転用に信頼性の高い60mAイオン源を開発すべき。
- LEBT:
RFQの真空がLEBTによって一桁程度劣化している。
ーーーイオンポンプのサチュレーション。ターボは十分なポンピングスピードを有していない。
ーーーLEBTとRFQの真空が悪いので、負水素イオンの電子がストリップされてプロトンとなり、これが高エネルギーまで加速されてビーム損失となっている。
ーーーLEBTの真空デザインに問題がある。
●提案:イオンポンプとターボポンプをやめて、クライオポンプにする
●提案:RFQが真空的に隔離されるようなLEBTデザインにする
●提案:RFQのアクセプタンスの外側のイオンがRFQに入らないようなビームスクレーパを作る
- RFQ:
深刻な放電トラブルが最初の大電力テストで生じている。
ーーー再三のコンディショニングによっても、電流は5mA, 100マイクロ秒に制限されてしまう。
ーーーRFQの真空が悪いと考える。
ーーー残留ガス成分を調べる事を提案する。
ーーーたびたびの放電を繰り返して運転すれば、RFQの損傷はさらに大きくなるだろう。
●提案:高い優先度で故障したRFQを調査すべきである
●提案:クライオポンプを使って、RFQの真空を改善すべきである。
ーーーpi-モード安定化ループ(PISL)の冷却チャネルがとても小さいので、水トラブルの原因となる可能性がある。
●提案:新しいRFQを作らねばならない。しかし、それは現在のRFQの放電トラブルの原因が解明されてからにすべきである。現在のRFQのコピーを作ると、放電の原因がRFQの貧弱な真空によるものでない場合、再び 同じ放電に苦しむ可能性が高い。
●提案:新RFQは50mA、1 MWの運転用にデザインすべきである、
ーーー PISL使用には多くの問題点がある。
マルチパクティングによる放電問題
電場の大きな歪み
四極モードの周波数を変えるのでチューニングを複雑にする
○4rod stabilizers を使うのがよい
- J-PARCリニアックの中の、イオン源とRFQが悲惨な出来具合である事が、2009年の第9回ATACで認識され、イオン源に関しては、更なる開発を、そしてRFQは作りかえなければいけないと、ATACは提案した。そこでは、来年度作るRFQは将来を見据えて50mA, 1 MW用を新たにデザインすべきであると述べている。
○J-PARCリニアック側ではどのような説明をしたのであろうか。以下に4枚のATAC発表スライド(by HASEGAWA)を引用する。
○ATAC の提案や意見は、その全てを是とするわけではないが、真摯に聞くべき内容も含まれているようだ。彼らの考えは、上に引用したJ-PARCリニアック側の現状説明・提案と対比する事によって、一層鮮明となるだろう。以下の対比表を見比べてほしい。
J-PARC RFQの重故障に関しての見解の比較
| J-PARC(HASEGAWA)説明 | ATAC 提案 |
新しいRFQ製作 | バックアップ機を急いで | 新デザインRFQにするべき |
時期 | 出来るだけ早く | 放電トラブル原因究明が前提 |
その理由 | ユーザーからの圧力 | 同じ過ちを繰り返す恐れ |
ビームデザイン | 故障器と同じ | 新デザイン |
その理由 | 時間がない | 50mA, 1MW に対応可能なもの |
その理由 | その後、第二世代を作る | 予算の無駄 |
空洞デザイン | 検討中 | PISL はよくない。4 rodがよい |
故障が起こったのは | 2008年9月 | ?(情報なし) |
このように、J-PARCリニアック側の説明・提案に反対して、ATACはいくつかの重要な提案をしている。最も重要な提案は、
故障器と同じデザインを採用して、最短期間で単なるバックアップ機を作ろうとするJ-PARCリニアック側の説明に対して、 「放電トラブルの原因究明が第一になされるべき」 と提案している事である。
おそらく、「2008年9月に突然重故障が生じた」という説明に、ATAC委員は納得しなかったのであろう。放電原因が後天的であるとすれば、「2008年9月に突然重故障が生じた」という事も有り得る事である。その場合には、同型器を急ぎ製作して、製作後に注意深い取り扱いをすればよいという事になるが、次のATACレポートのコメント中の
●提案:新しいRFQを作らねばならない。しかし、それは現在のRFQの放電トラブルの原因が解明されてからにすべきである。現在のRFQのコピーを作ると、放電の原因がRFQの貧弱な真空によるものでない場合、再び 同じ放電に苦しむ可能性が高い。
という指摘は、同型器製作方針を非とする見解である。従って、RFQ空洞自体(空洞デザイン)が原因を抱えている可能性があると、ATAC委員が考えている事が推定される。ATACは、単に、メカニカルデザインの改良だけでいいのかという疑問を提示しているのである。それ故に、空洞デザインが放電トラブルの原因でない事を、事前に究明する必要があると指摘したのであろう。
- J-PARC RFQ は建設当初から放電トラブルを抱えていた事が知られている。
実際、2007年3月に行われたビームスタディに対するコメントの中で、筆者は以下の図を示して、 RFQの放電特性に対して警鐘を鳴らしていた。
図 5.1:
クライストロン毎のアラーム合計:2006年11月〜2007年2月
|
- 2007年3月は、J-PARCリニアックのビームスタディが開始されて、およそ四ヶ月後である。リニアック運転状況等の情報に接する事が可能な人であれば、既にその時点で、RFQの性能がsevereであるという推測は可能と筆者は考える。
- 2008年9月に、筆者の危惧が現実化して、RFQ放電が問題化した時のコメントは以下を参照。
J-PARC陽子リニアックのRFQ空洞不調について 2008年9月
- 更に、イオン源の性能に関しても、同じく2007年3月に期待される性能を満たしていないイオン源問題とその背景と題して、コメントしている。
- 現在のRFQは出力ビームに関してもトラブルがある事を2007年3月に指摘している。従って、現行のビームダイナミックスデザインをそのまま踏襲して、バックアップ機を作るという方針については、J-PARC加速器の近い将来に達成すべき性能を考慮すれば、やる気がないのか、あるいはデザインする能力がないのかと推定せざるを得ない。
今後の課題
- 新しいRFQ をどのようなデザイン(ビームデザイン・空洞デザイン・メカニカルデザイン)に従って作るかは、重要である。(人がいない、あるいは、時間がないなどを理由にして)現在のコピー機を作るべきではないという、ATAC委員からの提案がある。その意味を熟慮して、今後の方針を決める参考とすべきであろう。
- RFQ故障の影響が全加速器の性能に及ぶという意味からは、RFQの故障問題を加速器全体の問題として認識し、総力で取り組むという姿勢は結構である。ところが、このような総スローガンは単なる旗ふりに終わるケースがしばしば見られる。総力を結集して何をし、何をしなかったのかが問われるだろう。
- ATACレポートにも指摘されているように、RFQ故障の解決(及び加速器全体の性能向上)の為には、イオン源、及びイオン源とRFQをつなぐビームライン(LEBT)も大きな関わりがある事を、あらためて認識し、的確に対処すべきである。
- 何故こうした問題が生じ、それが、まさにユーザー側にビームを提供するというこの時期になって顕在化したという事実の由縁に対処する事が必要であろう。
附たり