加速器運転技術の問題
- リニアックエネルギーの増強は、リニアックの運転が、最適状態を達成する事を前提としている。そうした運転状態でなければ、エネルギー増強の実質的な意味が失われると予想されるからである。当然ながらRCSの運転状態も最適状態でなければ、1 MWというビームパワーの達成は難しい。
- J-PARC加速器は、その建設当初からリニアックエネルギー2段階方式と決まった。
最初から400 MeV加速ならば、何の問題点もないが、181 MeV 運転の稼働をJ-PARCでは数年間は行わなければならない。ここに選択枝が生まれる余地がある。こうした状況は、他の場合には望んでも得られない好機と思われる。
数年にわたるこの運転時間を使って、マシンの状態を最適化する事が可能であるという意味で好機なのである。一層難しい事に挑戦する前に、練習舞台が実戦の形で与えられているという意味で、幸いである。
- 2006年11月から始まった六ヶ月以上に及ぶリニアックスタディでは、スタディの最終週になって、初めて5mA の恥ずかしくない加速が出来たという状況である。
夫れ故に、リニアックでは、ビームスタディ計画の中に、未だに、リニアック最適化計画の項目すら見出せないような状態と受取れる。
- RCSに至っては、建設の遅れにより、この時期(2007年6月)にはまだビーム加速が出来ていない状況である。まずビームが回る事、そして基本的な機器がデザイン性能を発揮する事を確認する事が、当面の課題であろう。リングの基本的重要機器に関しては、慎重なテストが必要と考えられている。
- このように、J-PARC加速器の現状は、まだリニアックのエネルギー増強を、技術的な見地から必至とみなす段階ではない。
- 生まれたての赤ちゃんに自転車を与えても、それを到底乗りこなす事は出来ない。まずは歩行訓練を充分して、乗る為の基礎体力を蓄える事が必要であろう。
- 加速器としての基礎体力をつける時期が、181MeV運転の数年間と思われる。
- 現時点では、基礎体力を身につける事が出来るかどうかが問われているレベルといえよう。それには、RCSのスタディ開始後、年単位の期間が必要であろう。
- 逆に、この時期にエネルギー増強がスタートすれば、181MeVのスタディには実際には力が入らなくなるであろう。数年で廃止される部分に、更なる測定器を設置する事はないし、人々は数年後に向って走り始める。人のパワーには限りがある。マシン性能を改良する為の維持費は更に厳しい現実に直面している。二兎は追えない故に、それが勢いというものである。従って、マシンの運転能力の向上無しに、一層難しいマシンへ挑戦するという悪い場面も容易に想像されるのである。
- 現在の機器構成でもそれなりの努力により相当の成果が出ると思われる。そこで到達したビームパワーリミットが、RCS入射の空間電荷効果に起因すると結論された時に、初めてリニアックエネルギー増強のモチベーションが現実的なものとなるだろう。現時点では、空間電荷効果以外のつまらないが断固たる理由で、ビーム電流が制限される可能性も多分に想像される。例えば、リニアックピーク電流、ビーム損失による放射化などである。そのような場合には、エネルギー増強は、マシンの運転を更に難しくするだけだろう。ビームリミットを決める複数の要因がある場合には、最大ビームパワーは、リニアックエネルギー増強と正相関しない事もありうる。
- 努力の甲斐なく加速器全体のビームリミットが、どこかに起こるビームロスで決まる場合には、エネルギー増強が必要無いケースもあり得る。
- リニアック増強計画の結果を単にエネルギーアップだけに終らさない為には、ビームスタディ実績に基づいて、加速器関係者からの更なる増強要望の声が充ち満ちて来る状況が生まれた時に、リニアックエネルギー増強計画がスタートする事が望ましいのでないか。ユーザーの希望を確実に実現する為には、技術力のバックアップが必要なのではないか。現在の少しの遅れは、急がば廻れの道と考える。
- 本ホームページ第LAST-2 章では、J-PARCが抱える問題点について述べた。そこで取り上げた項目に、建設の大幅な遅れとリング関連部門の技術問題があった。こうした状況では、リング部門が持てる性能の100%を、最初から発揮出来るとは期待しにくい。ここでも、時間がほしいと考える人々は多いのではないか。
- 加速器の基本性能が良いと、その性能自体に甘えて、スタディを不適切に行っても気付かない事例は、リニアックビームスタディのラン7で見出された事である。これは、運転技術が加速器性能に及ばない時に有りがちな、有り難くない現象であった(MEBTのミスマッチ)。
結論
加速器運転技術の現状からみると、リニアックエネルギー増強は、時期尚早と結論される。J-PARC加速器のビームリミットが空間電荷効果に起因するような優れた加速状態を達成する為に、加速器技術を向上させる事が急務であり、それが 1 MWへの近道になる可能性が高い。